切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

2019年卓上カレンダー:アニマル1

「うかうかとはや十五日小豆粥」(山下松仙)

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塗り絵カードが手元に届いたのが10日でしたが、過ぎた日数の塗り絵も消化し今年もこつこつが続きますが、一層のグレードアップで、色も艶やかに。

「炉の上の小豆粥匂へり小正月」(杉崎あさ)

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年一度のことで、毎年小豆を生から一緒に米にいれてしまい、米が煮えた頃には

小豆が固すぎ、後の祭りとなるのですが、NHKの料理番組で二日前に土居風小豆粥を紹介されていましたのを偶々見て、今年は実にうまく出来ました。これで今年の新年祝賀も終わりですね。

「平凡と云ふ幸や小豆粥」(清水恵山

今朝のラジオニュースは実に衝撃盛沢山。初場所奮起して始まったはずが、連敗続きとなり、稀勢の里引退の報道とは、無念無念。これでまた、日本人横綱不在になると報道されるかと思うと、彼は日本伝統芸相撲界の犠牲者に思え、哀れ気の毒に思えてなりません。お疲れ様でした。

英議会のBrexit 大差で否決とは、一体どうなるのでしょうね。フランスもマクロン批判のgilets jaunsも治まるところがないとは。一体新たなる元号の世に民主主義は温存されるのでしょうかしらね。うちの中まで火の粉が入らぬように、今年は今から豆まき大豆用意しようかしらっと。我が家の保護主義???

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L'ironie pique au vif, le dépit mord au cœur. 

2019年卓上カレンダー:教会ステンドグラス風

左義長の蒔絵のごとき火の粉かな」(太田寛郎)

左義長(さぎちょう、三毬杖)とは、小正月に行われる火祭りの行事。地方によって呼び方が異なる(後述)。日本全国で広く見られる習俗である。松飾や注連縄が燃やされる伝統行事。火勢の盛んな様子を喜び、「とんど」ないしは「どんど」とはやし立てることからの命名されたらしい。

「とんどの火風なき空を昇りけり」(左輝)

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うちの近所では、小正月の15日朝に、各家でしめ縄を燃やします。昔は成人の日で祝日でしたから、折角の休日なので早くから起きるのももったいないので、14日の夜にこそっと燃やしていましたが、今では毎日が日曜日となり、早朝から一人朽ちてきたバケツ燃やしています。

「とんど果て変わらざる日の始まりぬ」(左輝)

そうして、その燃えカスを外回りに置きます。

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朝の買い物がてら見かけたご近所のその様子ですが、やられている家もめっきり減ったように思います。ダイオキシン問題との絡みで、行わなくなった神社などの話もよく耳にします。小中学生を対象にした年中行事の実体験調査によりますと、雑煮よりも、恵方巻の方が身近なのだそうです。コンビニやスーパーではもうすでに巻きずしご予約商戦始まっていますが、クリスマスケーキ同様に、ノルマ果たせぬバイトさん達はどっさり自腹を切らされるのだそうですから、伝統行事も商売の種でしかないとは、世も末...淋しい限りです。

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1月17日阪神大震災から今年で24年。カンテレでは今夜開局60周年記念として、井浦新主演Bridgeはじまりは19951.17「震災で寸断された鉄道開通までの74日間の戦い!奇跡の実話ドラマ化」が放送されます。これは震災後、NHKの「プロジェクトX」『挑戦者たち 鉄道分断突貫作戦奇跡の74日間ー阪神・淡路耐震災」のドキュメントで放送されたのでご存知の方もおられるでしょうか。うちうちの話になりますが、主人が居ました社の請け負った仕事であり、今回のドラマには社長さんも出演されるとか。感動の作品に仕上がっているそうです。宜しければ御覧くださいませ。

Le feu jamais, ni moins l'amour ne disent : va à ton labour. 

 

2019年卓上カレンダー:和風

「ひきもきらず成人式の娘らは」(行方克己)

真っ青な空の今日は、成人を迎えるお母さま方はさぞやこの青空に感謝されておられることでしょう。電車の中では、交々色鮮やかな晴れ着が嫌でもめに入って来ますが、当たり前ながらどの娘さんも20歳ながら、きっと晴れ着でなければ同い年には思えぬ方も多々。ついつい見とれていれば乗り越してしまいそうになるのは、おじさんだけでもないのかもしれません。

「華美ひと色に成人式の子もあはれ」(愛馬遷子)

見る人が見れば、晴れ着の良し悪しが一目瞭然なのかもしれませんが、今年は「去年の晴れ着騒動があっただけに、レンタルよりもと母や祖母のをリメイクして着るのが流行っているのだとかで、洗い替えができるような化繊でない正絹の着物の方も見かけられるのでしょうか。残念ながら、私は今日も一日籠ってオーダーに追われて、目の保養もあやかれそうにありません。

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今年も一年間の纏めとして、知人が卓上カレンダーにしてくださいました。今回は5種類です。これは、一点以外、全てがオーダーで請け負ったA3サイズの作品群です。

Devenir adulte, c'est admettre que la fuite est impossible, que les histoires sont courtes, sans importance mais qu'elles laissent des traces, pour des raisons qui nous échappent. Devenir adulte, c'est admettre qu'il n'existe pas d'ailleurs.

Bjorn Wiinblad-楽器を奏でる仮面舞踏②

「散りしきてある山茶花に日短き」(右城暮石)

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毎年のことながら、この公園の山茶花の絨毯は見事です。

山茶花の咲くより散り続くこと」(山口青邨

今年初めに紅白歌合戦を録画で見た事でビジュアル的に学習致しましたお陰で、ラジコのFM802のながら族の仲間入りとなっています。また、昨夜はCD(Count Down)TVというのを偶々、依頼切り絵の締め切り迫られ、仕上げようと点けっぱなしにしていました事から番組を聞き入ってしまいました。ついつい星野源のタイトルが流れるまでと二時まで作業コンティニュー。どうも、アルバムトップ10でPop Virus がまたも一位!!!笑われそうですが、学習効果で覚えました名前が、米津玄師。見ていましたドラマ「アンナチュラル」のテーマ曲の方だったのですね。少しずつ、ぼつぼつ学習。お粗末です。

山茶花どの木の下も花散れる」(右城暮石)

テレビ魔だと言われそうですが、新番組ドラマがどんどこ始まりました。ショッキングで先が気になりますのが「3年A組」。今夜のスタートは早くなり10時半からです。菅田将暉君の奮闘、良かったらご覧くだされ!!

人生の品質向上委員会10回目昨日発信です

ttps://itunes.apple.com/jp/podcast/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E5%93%81%E8%B3%AA%E5%90%91%E4%B8%8A%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A/id1444538047?mt=2

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FM802 (エフエムはちまるにEfu Emu Hachi Maru Ni?) est une station de radio commerciale basée dans l'arrondissement Kita-ku d'Osaka, au Japon, diffusée sur la fréquence FM 80.2 depuis le Mont Iimori. Tard venue sur le marché de la radiodiffusion, FM802 essaie de se différencier des stations existantes. Par conséquent, plutôt que de mettre en avant la musique promue par les sociétés de productions, les animateurs de la radio choisissent leurs morceaux de musique et en changent souvent1. La station est considérée comme la plus populaire parmi les jeunes générations à Osaka.2

FM802 a été fondée en septembre 1988, et émet depuis  juin de l'année suivante. La station est membre du plus petite réseau de radios FM au Japon, Japan FM League (JFL). Elle fonctionne 24 heures par jour, sept jours par semaine3.

Bjorn Wiinblad-楽器を奏でる仮面舞踏①

「亀井戸の凍れる水に経木浮く」

>きょう‐ぎ〔キヤウ‐〕【経木】

 
 檜(ひのき)などの木材を紙のように薄く削ったもの。菓子・料理の包装などに用いる。
 経文法名を書く幅25センチほどの細長い薄板。寺に納め、追善供養とした。
今日は昨日と打って変わってよく冷えますが、全体からすれば今年はやはり暖冬のようです。主人は日々早朝山登りをして近くの八幡神社に詣でていますが、御手洗が毎年この時期になりますと凍っているそうなのですが、今年はまだ氷がはったことがないのだそうです。そういえば、数年前でしたでしょうか。成人の日が大雪で振袖のお嬢さんが難儀していた様子が映っていましたが、今年は晴天なのだそうです。それを聴くと、むすめとは無縁ながら心休まります。

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鏡開きも済、当たりの風情から年賀の姿が薄れていきますが、昨日から主人の日めくり塗り絵が今年もスタートです。10日までは、去年の作を飾っていましたが、日々の積み重ねの成果とくとご覧ンくださいませ。 

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「引きこもり寒の厳しさ知らでをり」(加藤ひかり)

私の切り絵も義母の入院がきっかけ。2013年6月26日の事ですから6年目になります。「上達したね」と言われると、心ざわつく我が身故、けっして私は言いませんよ。そんな不届き千万な無礼は。人の立場とは微妙ですね。口は災いの元。

l faut tourner sept fois sa langue dans sa bouche avant de parler.” Il faut bien prendre le temps de réfléchir avant de parler afin de ne pas risquer de regretter ce qu’on dit. Ce proverbe est recensé dans le dictionnaire de l’Académie de 1835. Dans une bouche close, il n’entre point de mouche.

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 La flatterie n'est parfois que l'épanchement de la tendresse et la franchise la bave de la mauvaise humeur.

先日の星野源そっくりさん再度タイトル紹介です

「人生の品質向上委員会」

https://itunes.apple.com/jp/podcast/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E5%93%81%E8%B3%AA%E5%90%91%E4%B8%8A%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A/id1444538047?mt=2

Bjorn Wiinblad-双子②

「汁粉あり鏡開きの佳き日とて」(中緒和子)

今日1月11日は鏡開き。うちの家ではもう何年使い続けていますやら、真空パック鏡餅を出しては直しと、最早食堂のディスプレイ料理化していまして、勢い割るなどという男気仕事はありません。昔は母が、それより昔は祖母の仕事で、そのカチカチに割られた破片をお湯につけ柔らかくなったのを、黄な粉をつけて食べたものでしたが、そのような若い胃もどこへやら。今年は結局餅は一個食べるのが精々の始末。

「いつの間に過ぎて華甲や鏡割り」(上谷昌憲)

>「華」の字を分解すると、六つの「十」と一つの「一」とになる。「甲」は甲子きのえねで十二支の最初をさすところから数え年六一歳の称。還暦。華年。

時間の感覚について、歳をおうごとに、時間の経過が早くなるとはよく言われますが、諸説いろいろあるのでしょうが、よく上げられるのがジャネーほ法則。

ジャネーの法則(ジャネーのほうそく)は、19世紀のフランスの哲学者ポール・ジャネが発案し、甥の心理学者ピエール・ジャネの著書において紹介された法則。 
主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという現象を心理学的に説明した。 
簡単に言えば生涯のある時期における時間的長さは年齢の逆数に比例する(年齢に反比例する)。例えば、50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に相当する。よって、50歳の人間にとっての10年間は5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に当たることになる。

昨日紹介いたしましたPodcast でも解説されていましたが、実体験に従えば、

>新しい経験をしたり、新しい情報にふれて過ごした時ほど時間の経過を長く感じるが、既に経験していることや同じことを繰り返して過ごした時間は早く過ぎたように感じる。

人の脳には繰り返しの行動は記憶として残りにくく、思い出すのが困難になる傾向がある。大人は子供に比べて、繰り返しの行動の割合が増える。
そのため、ある時点で一定期間を振り返った際に子供の時に感じていた時間の経過よりも大人になってからの方が同じ期間なのに早く過ぎたように感じる。

 

何とも、変化のない生活が露見するばかりですが、もう一つ立証されている解説にはちょっとショックです。それは焦燥感が時間の経過を速めているのだそうです。

焦りには時間が足りないという感情が含まれますので、 必然的に焦りを感じながら過ごす月日ほど過ぎるのが早く感じるのではないかという考えです。

がってん、がってん。何とか、時間の経過が空しくならない過ごし方を感じてみたいものだなあっと思うばかりです。

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La doctrine de la perfection et la doctrine du bonheur, qui s'identifient dans le fond, n'excluent point la doctrine du devoir. Le devoir, c'est la loi qui nous impose de rechercher notre perfection, c'est-à-dire Notre vrai bonheur.(Paul Janet)

Bjorn Wiinblad-双子①

「相寄りてふくら雀や寒の軒」(山口丘刀)

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雀が冬になると、寒さ除けに羽の中を膨らませるのは聞いたことがありますが、鳩もよく見ると長い首をすくめているようです。今日はよく冷えました。

「着膨れてふくら雀の如きわれ」(大房帯子)

奮起して、録画していました漸く「いだてん」を見終えました。星野源君エラク済ましたジャーナリストのスピーチでした。きっと、私が見そびれています「紅白が生まれた日」のキャラに近いのでしょうか。先日、「星野源のドラマを見ていないのが二つある」と言いましたら、「二つしかないってかなりマニアックになりましたね」っと飽きられてしまいました。休眠中に、図書館で借りて先読みしていました「引っ越し大名」を読み終えましたが、主演が彼だそうですが、雰囲気はどうしても堺雅人になってしまうのは、きっと性格というよりも、時代劇が彼をイメージしやすいからでしょうね。高畑充希さんとの掛け合いが楽しみですが、さていつ封切りなのでしょうか。楽しみですっと、年明け早々体調復帰後、いきなりマニアックな話題で失礼します。

「地に降りてふくら雀となりにけり」(廣瀬雅男)

寒くて、雀や鳩さん以上にふっくらどころか、ゴロゴロ状態です。それにしても、カラスは膨れないですが、ググってみましたら、カラスは寒くなると、外出しないのだそうです。寒さをしのいで巣ごもりするのだとか。そう思うと、雀や鳩が愛おしくなります。こんなダラダラモードの話し方に感化されてしまいました起因以下にご紹介致します。ご興味おありの方は宜しかったらアップしてみて下さい。星野源のそっくりさんのPodcastです。

「人生の品質向上委員会」

https://itunes.apple.com/jp/podcast/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E5%93%81%E8%B3%AA%E5%90%91%E4%B8%8A%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A/id1444538047?mt=2

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Quelques exemples, rapportés en peu de mots et à leur place, donnent plus d’éclat, plus de poids, et plus d’autorité aux réflexions ; mais trop d’exemples et trop de détails énervent toujours un discours Les digressions trop longues ou trop fréquentes rompent l’unité du sujet, et lassent les lecteurs sensés, qui ne veulent pas qu’on les détourne de l’objet principal, et qui, d’ailleurs, ne peuvent suivre, sans beaucoup de peine, une trop longue chaîne de faits et de preuves On ne saurait trop rapprocher les choses, ni trop tôt conclure : il faut saisir d’un coup d’oeil la véritable preuve de son discours, et courir à la conclusion Un esprit perçant fuit les épisodes, et laisse aux écrivains médiocres le soin de s’arrêter à cueillir toutes les fleurs qui se trouvent sur leur chemin C’est à eux d’amuser le peuple, qui lit sans objet, sans pénétration, et sans goût.