切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

またまだオーダーに追われてーベルばら①-1

「朝戸出の影すがすがと胡瓜咲く」(金尾梅の門)

予報では、今朝から雨模様のはずでしたが、おひさま照り付け傘要らずかと思いましたが、午後から曇り出し夕方から本降りとなり、天気予報は侮れません。それにしても、屋久島では土砂崩れが起こり孤立した区域あるのだそうですが、ご無事を祈るばかりです。申し訳なくも、うちの近辺はさほどの雨でもなく、また明日から水遣りが一苦労です。

 「花胡瓜指先ほどの実をつけて」(福川悠子)

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今年のうちの夏野菜は、トマト、唐辛子、オクラ、苦瓜、三度豆、バジルが種からスタートしましたが、遅れをとっているのがオクラと苦瓜です。まだニガウリは発芽せず、苗を買いなおそうかと思いつつも、我慢我慢と、毎朝苗床を睨みつけています。胡瓜と茄子は苗を買い求めましたが、一苗¥30の胡瓜は実にお利巧さんです。指先代ほどまでには至りませんが、爪楊枝ぐらいには生育しています。さて、三つの苗ですから、5本も収穫すれば、元は取れるでしょうか。ただいま、巷は4本百円で売り出し中。さてうちがなる頃は、スーパーは最安値となりますからね....でも、我が子のようにかわいいです。

「夏野菜あれやこれやと狭き庭」(筒井省司)

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池田理代子ベルサイユのばら」とは何と懐かしいこてでしょう。4作品依頼を受けました。マーガレットに連載が始まったのが1972年とは。従姉が夢中になり、宝塚に入るのだと、高校受験で駄々をこねて叔母を困らせたものでしたが、その従姉もアラフィフティ...オーダー受けるからには、欲しい人が居るのですね。多分アラカン世代でしょうかしら... 漫画イラストはもともとが線画なので迷う事なく切れるから簡単は良いのですが、こういう華々しいのは私の好みが真逆なので、依頼が続くと少々気は重くなります。何事も、練習練習です。依頼に感謝です。

La Rose de Versailles (ベルサイユのばらBerusaiyu no bara?) de Riyoko Ikeda est un manga de type shōjo paru pour la première fois au Japon en 1972. Dans les pays francophones, le public a d'abord découvert la série à travers son adaptation animée de 1979Lady Oscar, car le manga n'est paru en français qu'en 2002.

Berusaiyu est la translittération de la prononciation japonaise de Versailles ; Berusaiyu no bara signifie la - ou les - rose(s) de Versailles.

またまだオーダーに追われてー後ろ姿の舞子encore⑤

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「飯の白さ梅の若葉の朝」(北原白秋

若葉の季節ですが、季語になっているのは椎、柿、樫なのだそうです。梅若葉はないのだそうです。やはり梅の存在を生かすのは、早春に彩りを添えてくれる花だけなのでしょうね。今年は花を大事に切ることなく見守りましたが、南の日差しを受けられるところだけに実がついたようで、さてどれだけ収穫できるでしょうね。

「何の木と知れぬ若葉の林かな」(正岡子規

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梅の木の木陰で見馴れぬ木がすくすくと育って行きます。葉陰の所為で葉が一弾と大きくなっているのかもしれず、葉の大きさが紫陽花の葉と同寸にまでなっていますが、通例のサイズかどうかは不明です。他の草花とひときわ際立つのが、葉の表面の艶やかさです。放置したままで育ち過ぎて、他の草花への日差しを遮るようになってからでは、伐採に苦労することになるので、早くに判明させたいのですが,...どなたが木istさんおられましたら、教えて下さいませ。

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またまだオーダーに追われてー後ろ姿の舞子encore④

「茄子植えるしばらく雲とあそびけり」(藤岡筑邨)

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茄子の苗が中々安売りしないので、渋々一苗買い込み植えました。私の浅はかな偏った知識ですが、トマトにパセリは水要らずに対して、茄子と胡瓜は水好きかなあっと、庭中に据え置きしている穴あきホースに沿って、プランターに鉢をゴロゴロ移動させていますが、中々思うように水が行き渡りません。雲行きが怪しくなり、何より苗達が喜ぶのは雨に勝るものはなし。降って欲しいものの...

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「雨弾くサンバパレード神戸祭り」(秋田直巳)

今日は、神戸祭り。街おこしイベンド、幼子達が懸命に予行演習です。義母が女学校時代には「港まつり」と言っていたでしょうか。「市立の学校は休校になったのに、うちらは勉強だったのよ」っと、その頃の話をしながら、毎年テレビでサンバのパレード見ていた生粋の神戸っ子の義母の姿が思い出されます。今では土曜日は私学以外は休み故、皆祭りに繰り出しているのでしょうか。やはり、晴れ間が欲しいところですね。サンテレビはライブしていないようですね???っとテレビ番組をみていましたら...

そうでした。今夜は源さん「POP VIRUS」ドームツアー放送日。WOWOなので、あきらめていましたが、二時間半という放送に未練が残り、急遽加入することに。そんな、行き当たりばったりで加入者が殺到したのでしょうか。そこを上手に潜り抜けられたようで、何とか録画が出来そうです!!早め食事をして、二時間半満喫でーす\ ^ ^/

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路地の石畳の感じがうまく表現できませんでしたというよりも、締め切り迫り、手首の痛みで雑になったようです。着物柄から始めたので、そこの桜柄が一番繊細に切れたようです。締め切りさてなければ、手が疲労してくると、その日は断念して、日を改めるのですが、期限がある折には、時間配分が大事になります。「わたし、定時に帰ります」のような世渡り上手には程遠い、社会性ゼロ人です。

Fêtes, festivals et cérémonies ponctuent la vie des Japonais. Les matsuri - fêtes à dates fixes - rythment un quotidien respectant les croyances locales et les esprits de la nature. Associés aux kami du shintô ou à des divinités bouddhiques, les matsuri permettent, de cortèges spectaculaires en odori (danses), de vivre collectivement une expérience unique. Aujourd'hui, matsuri désigne surtout des fêtes populaires qui ont lieu partout dans l'archipel. À l'origine, le mot matsuri est un nom générique pour toutes les cérémonies shintô japonaises. En japonais, matsuru signifie "honorer", "célébrer les dieux". Dans le Japon contemporain, matsuri veut à la fois dire "festival" et "fête" dans le sens religieux. C'est devenu une fête publique et chaque ville ou village célèbre son propre matsuri.

 

 

またまだオーダーに追われてー後ろ姿の舞子encore③

「薔薇の園少女パレット開けずじまい」(津田清子)

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ご近所の庭です。毎年見事にこの時期になりますと、皆が足を留めます。あこがれるのですが、中々このようには上手く家じゅうに絡ませるのは夢の夢で、鬱蒼とジャングル化するばかりです。おそらくプロの園芸師さんのようです。

「レンジにてチンして殺すか薔薇の花」(宮嵜 亀)

この句から、一人の英国作家の作品が思い出されて仕方なく、さて、その作家名を思い出されるものかと、ほとんど諦めかけていましたが、記憶力底辺を這う私ですが、珠には頭でピタっと光るものがあったのでしょうか、思い出しました。ロアルド・ダールの「大人しい凶器」。先日の緊取では南瓜が凶器になっていましたが、この話は冷凍の骨付き肉。もう一度読み返したいのですが、本棚から消えています。断捨離をするとこれだわっと思うのですが、肝心の本は無くなり、二度と手に取ることがない本ばかりが並んでいます。窓から、折角爽やかな風が入るのに、部屋は中々薫㋄には似合わず、庭は生い茂るばかり。これはいかんと少し剪定に励みました。光がよく入り、これで夏野菜の苗頑張って育ってくれますでしょうか。

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何度、部屋に掃除機をかけても、小さな花びらの切れ端が落ちています。皆さんゴミをどうやって掃除されているのでしょうね。切るのに夢中になっていますと、服に落ちたのも気づかずに、そのままトイレに行ったり、飲み物を取りに台所に行ったりするものですから、家じゅうのあちこちに切りくずが散りばめられます。これでも、気になると手帚で掃くのですが...一度、達人の掃除術教えて頂きたいものです。

Roald Dahl, né le  à Llandaff au pays de Galles et mort le  à Oxford en Angleterre, est un écrivain britannique et scénariste, auteur de romans et de nouvelles, qui s'adressent aussi bien aux enfants qu'aux adultes, mais mieux connu pour ses ouvrages de littérature d'enfance et de jeunesse.

Ses œuvres les plus célèbres sont Charlie et la Chocolaterie (Charlie and the Chocolate Factory, 1964), adapté plusieurs fois au cinéma, ainsi que des recueils de nouvelles : Bizarre ! Bizarre ! (Someone Like You, 1948) qui obtint le prix Edgar-Allan-Poe en 1954, et Kiss Kiss (1959).

 

 

またまだオーダーに追われてー後ろ姿の舞子encore②

「名を呼べば声のやわらぐ春の草すずめのかたびらからすのえんどう」(山添聖子)

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烏のえんどうも実がしっかり入り、ピーピー豆も作り甲斐があるでしょうね。

「子供よくきてからすのゑんどうある草地」(川島彷徨子)

去年までは、隣の空地には鬱蒼と茂っていましたので、よく親子連れや下校途中の子供達の声が聞こえたものですが、ガレージとなってしまいアスファルトの照り付けが厳しくなる夏の到来です。

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今朝の天声人語に天才レオナルド・ダビンチのエピソードが掲載されていました。彼が生涯完成に至った作品が現存する中では20点に満たないのだそうです。多才な人と言われる裏には、何にでも興味を持っては、次から次へと思いが飛び、途中で投げ出した事多々だったとか。毎日のようにやることリストが描き、現存する手書きの遺稿は7千枚もあるのだそうです。早い話が「三日坊主の天才」だったのかもしれないとは、何とも親近感を抱きますが、そこは天才の徹頭徹尾の完璧さを追求していたからなのであり、凡人我が身のいい加減さとは雲泥の差。今日もまた、一日ダレ―っとしてしまいました。やはり、どんな時にも締め切りというのは無ければ、自ら持さないと時間は実に空しいものとなります。「まだ?出来た?」と連絡受けられる前に後三作取り掛かります。

La vesce hérissée ou vesce hirsute (Vicia hirsuta) est une plante herbacée annuelle de la famille des Fabacées.

Synonyme :

  • Ervilia hirsuta (L.) Opiz, 1852

C'est une plante poilue, plutôt petite aux feuilles alternes, pennées, stipulées (de 4 à 10 paires de folioles linéaires à oblongues). Les fleurs sont petites, blanchâtres. Les fruits sont des gousses noires poilues. La floraison débute au mois de mai. Hauteur : 30 à 80 cm.

Cette plante des prés rocailleux, des lisières, des bords des chemins, des lieux cultivés, est très commune en Europe jusqu'à 1 800 m d'altitude.

 

またまだオーダーに追われてー後ろ姿の舞子encore①

「草の雨葵祭と過ぎてゆく」(清水 昶)

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5月も後半となります(折角の作品が写メ画像悪く鮮明でなく申し訳ありません。とても、細かい中の塗り絵、ますます腕をあげます)

ラジオからは、早くも「夏日」「熱中症」などという声が盛んに仕出し、沖縄ではもう梅雨入りでしょうか。今日は、葵祭の日であり、沖縄返還から47年の日。京都の雨は草のように細い雨が似合い、葵祭の行列のように過ぎてゆくのだとか。庭の水やりを夕方に変えましたら、蚊の攻撃を受けました。そろそろ、ゴキ対策をしないといけないっというのは 遅かりしでしょうか。良くも悪くも、夏到来です。

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昨夜は、二時まで何とか踏ん張り、都踊りの舞妓二人の後ろ姿仕上げることが出来ました。今日無事に依頼者に手渡しましたが、もう限界のようです。寝ます。

Gute Nacht.(ドイツ語ムズーイです*_*;;;;;)

Aoi matsuri (葵祭?) est un des trois importants festivals traditionnels de Kyōto, au Japon. Il se déroule, chaque année, le 15 mai.

Également connu sous le nom de Kamo matsuri, Aoi matsuri a lieu, chaque année, aux sanctuaires Kamigamo et Shimogamo. L'origine du festival remonte à la période de l'empereur Kimmei (il y a approximativement 1 400 ans). Les récoltes ne donnaient pas satisfaction, et cela fut vécu comme une malédiction de l'esprit Kamo. Un cheval fut équipé pour courir avec des cloches, et les moissons purent être abondantes.

Cette tradition se perpétue encore aujourd'hui. Le nom du festival d'Aoi provient de la tradition d'offrir des roses trémières1 (aoi) aux divinités, et à décorer les lieux saints, les participants et les chariots de bœuf avec des feuilles de roses trémières.

またまだオーダーに追われてー花魁encore③

「紅どしと公家も花やも牡丹かな」(卯七)

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あのびっしりと界隈に並べ売られていたカーネーションの束は一体どうなったのでしょうね。先日食品ロスが「池上彰先取解説」で取り上げられていましたが、日本人の一人当たりのコメの消費量が約54キログラムに対して食品ロスが約51キログラム。ダンプカーから廃棄されるコメ、パン、麺の量には胸が痛むばかり。あのカーネーションも焼却処分されたのでしょうか。食品ロス解決アプリの紹介がされていましたが、どこまで普及しているのでしょうね。消費期限切れ、売れ残り商品をアップして、クーポンをゲットーして現地まで取りに行くのだそうですが、多分都心だけのサービスなのでしょうね。フードバンクの普及も日本では中々すすまないのが現実でしょうか。あっさりと焼却がコスト的に手っ取り早い策なのでしょうか... 

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花魁の花尽くしが漸く完成したと思ったら、またもや舞妓。この花、花、花で、画面がハチの巣のようになる絵柄も.... 好きな絵柄でないのも、修行、鍛錬ですね。明日締め切りですが、まだ半分も切れていません。今夜はどこまで粘れるやら...買い物にも行けず、冷蔵庫の中には、すでに食品ロス扱いになっている品がいくらあることやら。うちでは、消費期限が過ぎると「晴れて、食べどき」などと言って、美味しく頂いています。

Le gaspillage alimentaire est le fait de jeter des aliments encore comestibles. Le gaspillage alimentaire se produit tout au long de la chaîne d'approvisionnement, depuis le stade de la production agricole, jusqu'à celui de la consommation, en passant par le stockage, la transformation, la distribution et la gestion. C'est un problème de société environnemental, économique et social. Les enjeux de la lutte contre ce gaspillage sont la lutte contre la faim dans le monde, la réduction de l'impact environnemental de l'alimentation, l'aide aux personnes les plus démunies, l'optimisation de l'agricultureetc.