切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

ムーミン尽くしー花の中のムーミン はお

「語尾伸ばせ名残惜しみて法師蝉」(門田窓城)

夏バテか熱中症でもないのでしょうが、昼間からバテてしまい横になってしまいましたら、ふと聞こえて来るいつもの蝉しぐれが止んでいます。それに代わって聞こえてきたのが「ツクツクボウシ」そう言えば8月もあと一週間なのですね。

「惜しい惜しい惜しいと法師蝉」(北登猛)

聞きようによれば確かにそうも聞こえるでしょうか。こういう虫や鳥の鳴き声を人間の言葉のように聞くことを「聞きなし」というのだそうです。ウグイスの鳴き声を「法華経」、ホトトギスのそれを「特許許可局」「テッペンカケタカ」など。残暑厳しい中、夏休みも終わり間近かともなり、甲子園も準決勝、惜しまれることも多いのでしょうね。

「卓袱台におきて宿題法師蝉」(足立和信)

さあ、子供さんだけでなく、親御さんもねじり鉢巻きで奮闘中でしょうか。まだまだ、暑さ厳しい折、くれぐれもご自愛くださいませ。私もケチらず、冷房の恩恵を受けるようになりました。温暖化には加担したくないのですが、体が資本。申し訳ありませんが電力消費に甘んじます事お許しくださいませ。

 

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ムーミンの塗り絵の画像から取りました。少し太い線の切絵も面白いかなあっとやってみましたが、まだまだ線の表情を生かすには至っていないのだなあっと痛感します。

Poète, Toi, du moins, ne sois pas ainsi. Au temps, comme il vient, dis merci, Au soleil, à la pluie aussi, Et tâche d’être, et le souhaite, Grenouille et cigale à la fois, Pour chanter tout ce que tu vois De bon cœur et de belle voix.

 

ムーミン尽くしー重ねてムーミンリース

「石段ずれて白粉花活きいき」(長崎桂子)

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白粉花(おしろいばな)はとても丈夫な花でどこかしこにもあったものですが、最近はさてわざわざ植える人も居ないのでしょうか。これは、神社の登り口の階段沿いの石段の隙間の土を見つけて育ったのでしょうか。赤白黄色。

「誰を待つや白粉花の咲きそめぬ」(吉本淳

昔は、よくこの種を採ったものでしたが、一体採ってどうしていたのでしょうね。

「裏切りや白粉花の実はみな真っ黒」(丹生をだまき)

ポケットの中に入れては洗濯されて、それでも真っ黒でしたね。

「おしろいや人は心の裏見せず」(稲畑汀子

 

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光にかざすと、このミー切絵は黒地に見えますが、実は真ん中のリースと対比させようと、薄いパープルのパステル風色合いにしてあります。壁に置くとほとんどミーがほとんど分からなくなります。

La Belle-de-nuit (Mirabilis jalapa L.), aussi connue sous le nom de Merveille du Pérou, est une plante herbacée vivace, de la famille des Nyctaginacées, poussant aussi bien dans les jardins que dans les milieux incultes. Originaire d'Amérique subtropicale, elle fut introduite en Europe à la fin du xvie siècle. Elle tient son nom de sa principale caractéristique, ses fleurs s'ouvrent pleinement la nuit et se referment au petit matin. La plante très facile de culture fournit de juillet à novembre une profusion ininterrompue de graines noires et on la trouve souvent se replantant d'elle-même à l'état sauvage. Ses couleurs qui sont le rose, le rouge, le jaune, le blanc et le mauve peuvent être mélangées au sein d'une même fleur.

 

ムーミン尽くしームーミンリース

「冬瓜と帽子おきあり庫裏の縁」

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弟によれば、冬瓜は勝手に知らぬ間にいくらでもごろごろとなりますとのことで、沢山頂いて帰って来ました。葉の様子を見ながら、ひょっとしたらうちの庭をのたうち回っている蔓の群生の犯人は冬瓜だったのかと思いだしています。思い返せば、勢い買った野菜の種を何でも植えていましたので、その中に冬瓜もあったような気がしてきましたが、さてうちのプランターからはみ出した蔓では実はつくでしょうかしらね。

「あんかけの冬瓜のせてありにけり」(田中冬二)

「冬瓜の透いてくるまで煮てをりぬ」(仙田洋子)

冬瓜と言えば、生姜を効かせてコトコトと煮込んだ餡かけが美味しいのですが、少し変わった食べ方はないものかと、COOKPADに教えて頂きましたら、生でも美味なのだそうで、キュウリや瓜の感覚で、サラダ浅漬けになるようです。大きな一個を解体した折はお試し下さい。

 

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ムーミンの本から可愛い絵柄を見つけ切ってみました。さて、どんな風にこれをどう生かすか。下絵と共に利用します。

La courge cireuse est une plante de la famille des Cucurbitacées, principalement cultivée en Asie orientale comme plante potagère. Son fruit comestible se conserve tout l'hiver d’où son nom local de courge d'hiver.

 

オーダーに応えてー12人のミー尽くし

「みそはぎの野にたたずめば何もかも」(岡井省二)

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今朝の折々の言葉より

「欠点は出しゃばらない。いつも、恥ずかしそうにしている。奥床しく、誠実で謙虚だ。反省もする。努力もする。だから、可愛い」(早川義夫

さて、何もかもの次なる言葉を考えると、ふとこの奥床しくも、消えることなく居る欠点が顔を出すような気がします。いつもかつ、いとおしく思えればいいのですが、長所の威張り腐った態度とは対照ながらも、中々手ごわい相手ですね。

「みそはぎの耳にあつまる星の音」(本田俊子) 

小さなミソハギの花一つ一つを見ていると、確かに星の音が聞こえてきそうです。水辺のせせらぎと、久しぶりに実家の墓参りをし、水田の稲の緑の美しさに心洗われました。

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Les étoiles sont nos ancêtres ; nous sommes des poussières d'étoile : c'est une des grandes découvertes de l'astronomie contemporaine.”

オーダーに応えてーようこそムーミン一家

「生身魂(いきみたま)七十と申し達者也」(正岡子規

今で言えば90歳ぐらいになるのでしょうか。この生身魂という言葉はご存知でしょうか?盆が過ぎましたが、改めて紹介しましょう。

>盆は故人の霊を供養するだけでなく、生きている年長者に礼をつくす日でもありました。いわば「敬老の日」の昔版。「この世に父母もたる人は、生身玉(いきみたま)とて祝ひはべり。また、さなくても、蓮の飯・刺鯖など相贈るわざ、よのつねのことなり」(『増山の弁』寛文三年)とある。このようにして祝う対象になる長寿の人、ないしは祝いの行事そのものを指して「生身魂」と言ったのだそうですが、いつの間にか、この風習が「よのつねのこと」でなくなったのは何故でしょうね。

「恙(つつが)なく妻と二人の生身魂」(橋本正勝)

今日は、うちの寺の先住職様の葬儀に出向いて来ました。坊守様の7回忌を収められたのが4月ですから、その後一つの区切りを終えられた安堵感に病魔が襲ったのでしょうか。漸く、彼の地で仲睦まじく過ごされることでしょう。ご冥福をお祈り致します。

「悔いのなき人生送り生身魂」(能口和子)

そうありたいものですね。まだまだ、...

 

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店屋さんの表に飾りたいからとオーダーを受けて仕上げた作品ですが、果たして何のお店だったのでしょうか?背景に用いています絵柄は縦長でしたので、型染の型を二枚張り合わせて、カラースプレーを掛けて作りました。中央のつなぎ目をマスキングテープで固定したので、綺麗に仕上がりました。

Plus l'âme est loin des sens, plus elle est près des cieux.
Read more at http://www.proverbes-francais.fr/proverbes-ame/#9MOgjSHWPay5Spko.99

オーダーに応えてーミュシャJOB

「枝豆の過不足のなきみどりかな」(山口速)

夏のビールのお供に欠かせぬものと言えば、やはり枝豆でしょうか。それにしても、東京の気温を聞いていると、ビアガーデンもひょっとすると閑古鳥が鳴いていはしないでしょうか?昨日は最高気温が21度だったとか。今はやりのナイトプールでも、ビキニでインスタと行きたいところが、ついついパーカーを羽織らざるを得ないとか。羨ましいようにも思えますが、何事も過ぎたるは不足を生むものですね。

「ゆさゆさと枝豆を抱え門に入る」(町田昇)

母が畔から抜いてきた枝を汗をかきながら小屋で毟ったものでしたが、なぜ大豆は畔に植えていたのでしょうね。こんな、ふっと思いついた疑問に応えてくれるのが検索。即トップリストにベストアンサーを見つけられますから便利な世の中になったものですね。年貢の為には田の利用は米以外に策はなく、それでも味噌が必需品の農家としては、苦肉の策として畔を再利用したのでとか。また大豆は花が咲くころに水が必要。そうして大豆を植えると根が張り雑草を阻むのだとか。すべて年貢の為の貧農の知恵だったのですね。

「枝豆やこんなのものにもの塩加減」(北大路魯山人

もともと、枝豆は「畔豆」と呼ばれていたのだそうです。それが枝で売られるようになって「枝付き豆」と呼び、その後「枝豆」となったのだそうです。検索力お披露目でした。美味しい枝豆を食するに、侮れないのが塩加減。私は手間だけれども、丁寧に、両端を少しカットしています。岩塩が合うようにも思うのですが...

 

ミュシャのJOBの依頼を受けて、ミュシャなら昔ひと通りやり尽くしたから大丈夫かと引き受けたのですが、苦戦してしまいました。背景に、細かいタイル模様がびっしり。今度どこかで伊勢型の展示会があれば、四角型の彫刻刀あれば買いたいです。四隅のギザギザ模様の色付けは細長い紐状にした黄緑のセロファン紙を折り曲がる箇所の度にカットして貼っていきました。とてもとても時間要しました。とりあえず喜んでお買い上げ頂きました。

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Ajouter de la tomate et de l'origan, ça devient italien ; du vin et de l'estragon, ça devient français ; du citron et de la cannelle, ça devient grec ; de la sauce de soja, ça devient chinois ; ajouter de l'ail, ça devient bon !

アニメキャラを額に入れてーポケモン

「燃え尽きてやがて消えゆく大文字」(長嶺勇)

さあ、今日からはまた仕事っと通勤ラッシュに揉まれた方ご苦労様です。今夜は送り火、京都大文字ですね。いつでしたか、母が大文字が見たいからと言いだし偶々ベストポジションのホテルの空きもあったというのに、姉と二人して家族の事があるからと素気無く断ったのですが、結局その機を逸したのが最後となり、母はやりたいことも言えないまま逝ってしまったのでした。大文字の映像がテレビに映る度にその時の声がこだまします。

「悔多き日の甦り走馬燈」(村仁唯志)

ここ数日NHKは夜に戦争に関するスペシャル番組が組まれていましたが、中々時間が合わず見られなかったのですが、昨夜は一時間見る事が出来ました。「世にこれほどの愚行ありか」と言われた「インパール作戦」。見聞きしていた事でしたが、ついついテレビに向かって声を発していたような気がします。最後の方の声にならずこみ上げてくる憤りについついこちらまで泪してしまいました。未だに「白骨街道」には安らかな眠りにつけない霊が彷徨っているのでしょうね。合掌。

 

さあ、こちらもねじを巻きなおし、9月の明石フリマに向けて作品を作らないといけないです。

f:id:masasarah:20170816163855j:plainRenya Mutaguchi, commandant de la 15e armée et maître d'œuvre de l'Opération U-Go, visait à prendre Imphal et à l'utiliser comme tête de pont pour avancer dans la vallée du Brahmapoutre afin de couper les lignes de communication des forces alliées au nord de la Birmanie, empêchant ainsi les Britanniques de ravitailler la République de ChineSubhash Chandra Bose insista pour que ses troupes de l'Armée nationale indienne accompagnent les Japonais dans leur offensive sur le sol indien.

Mutaguchi se vit conseiller par plusieurs officiers de repousser l'offensive en Inde, qui risquait de dégarnir le front birman, mais le commandant ne tint pas compte de ces avis.

Le lieutenant-général Nobuo Tanaka prit fin mai le commandement de la 33e division et ordonna de nouvelles offensives qui s'avérèrent très coûteuses en hommes. En juin, il reçut le renfort de nouveaux régiments de tanks. Dès la fin mai, cependant, la situation des troupes japonaises apparaissait désespérée mais Mutaguchi ordonna à la 31e division, qui avait fait retraite depuis Kohima, de se livrer à une nouvelle offensive sur Imphal. Les soldats, malades et épuisés, n'étaient cependant plus en état d'obéir. Le 3 juillet, une retraite fut finalement ordonnée, l'offensive sur le sol indien s'achevant sur un échec complet.