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切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

陰影の演習⑤

「止まらない回転扉昭和の日」(櫂未知子

今日4月29日は、天長節(1927~48)→天皇誕生日(1949~88)→みどりの日(1989~2006)→昭和の日(2007~)と改称されたと、改めてその名を思うだけで今日という日の思うべきことを痛感します。櫂未知子さんの句をもう少し引かせて貰い、この日の意義を委ねたいです。

「振り向けば良くも悪しくも昭和の日」

「生まれて生まれて死に死に死んで昭和の日」

「日本のたどりつきたる昭和の日」

「昭和の日長期休暇に埋没す」

今年は9日ともなる休暇だそうで、昨夜から国際線フロアはごった返しでいるそうです。お父様ご苦労様。余り逸らず、長期戦見こし、今日は先ずはゆっくり昭和レトロに耽るのはいかがでしょう。

 

知り合いの80歳を祝して筍山の掘り姿を切ってみました。まだまだ写真からの黒濃淡切り絵は達成出来ません。これにて、しばし休止、デュオ神戸出展に向け作品作りに転向です。

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Shōwa no Hi (昭和の日?) est un jour férié au Japon, depuis 1985, ayant lieu le 29 avril. Il commémore le jour anniversaire de Hirohito, empereur du Japon durant l'ère Shōwa, entre le 25 décembre 1926 et le 7 janvier 1989. Le Shōwa no Hi, entre 1989 et 2007, était nommé Midori no Hi, jusqu'à ce que ce dernier soit déplacé le 4 mai.

 

 

陰影の演習④星野源

「山椒の芽の遅きことすでに知る」(下村非文)

今年は筍が大の付くほどの不作だったとか。幸い実家から’たんまり’貰い小心者は、抱え込んで毎日いろいろにアレンジしては滅多に味わえないリッチ気分です。山椒を少し添えたいところですが、今年は山椒の芽の出るのも遅く余り摘み取れず、わずかしか貰えず仕舞い。

「何にでも添える山椒の芽を摘んで」(稲畑汀子

うちの庭の山椒はついに今年どこかに消えて無くなってしまい、種が売り出されたら撒いてみようかなあっと。雨も上がりましたが、撒く度に心弾むのですが、芽がどこからも出て来ません。焦らず焦らずの呪文です。

 

星野源の特集雑誌を買い求めて、そこの中からピックアップして切ってみました。まだまだ陰影術の腕が上がりません。その点字を切るのは単純で楽しいです。

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Malgré son nom, cette épice ne fait pas partie de la famille du poivre, mais de celle des Rutacées (agrumes). Elle est communément utilisée dans la cuisine sichuanaise, tibétaine, bouthanaise et japonaise, ainsi que dans certains plats de la cuisine française (notamment avec la viande de bœuf). Elle entre dans la composition du mélange « cinq épices ». Une fois séchées, les baies sont débarrassées de leurs graines dures et amères.

Selon les recettes, on l’écrase un peu avant de l’ajouter à la nourriture en général au dernier moment. On utilise seulement les fruits débarrassés de leurs graines noires. L’anis étoilé, le gingembre ou le piment rouge sont utilisés en association. C’est une des principales épices de la cuisine du Sichuan. Son pH est alcalin. Ma la (chinois : 麻辣 ; pinyin : málà ; littéralement « anesthésiant et épicé »).

On le trouve aussi sous forme d’huile (« huile de poivre du Sichuan » ou « huile huajiao »). Cette huile est utilisée pour frire les plats non piquants à base de nouilles. Les meilleures recettes utilisent l’huile de gingembre et du sucre roux pour cuire les nouilles et les légumes, et de l’huile de poivre du Sichuan et du vinaigre de riz en fin de cuisson.

陰影の演習③小栗旬

「名を知りて踏まず地獄の釜の蓋」(柳井梗恒子)

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先日、向かいのおばさんが株分けあげましょうかと見せて下さったのですが、「紫式部清少納言?う?何だったかしら?」「う?う?十二単?」などと、花の名前すらがすっきり出てこなくなったことを嘆きながら別れたのですが、気持ち悪くググっているうちに行きついたのがこの名前。「地獄の釜の蓋」です。この鉢植えの見せていただいたのは外国種で、総称「きらんそう」の一種で、学名アジュガで、十二単と言うようですが、このオドロオドロした名前の種はもう少し花が縦には咲き伸びないようです。よく気にかけていると、どこにでも繁茂しているのを見つけますが、そう言えばよく墓地で見かけるような気がして、名称の由来に勝手に合点してしまいます。祖母が、よくお盆に死者が出ると、「地獄の釜の蓋が開いているからねえ」と聞かされたものですが、この草の場合は、薬草だったようで、「病気を治して地獄の釜の蓋をする」のに因んでいたとか。

「踏み込みしそこは地獄の釜の蓋」(脇和登)

地獄の釜の蓋が開くのは、お正月とお盆。藪入りなどと言われ、みんなが手を休める日としたものですが、こんな言葉も聞かれなくなったのでしょうか。今日4月27日はソクラテスが死刑宣告を受け「悪法も法」として毒杯を煽って亡くなった命日で、「哲学の日」なのだそうです。

「きらん草畦の地べたに咲くあはれ」(山川静夫

その日に因んで、ふと目に留まった図書案内の本「勉強の哲学ー来るべきバカのために」を少しググってみました。

 >慣れ親しんだ「こうするもんだ」から、別の「こうするもんだ」へと移ろうとする狭間における言語的な違和感を見つめる。そしてその違和感を、「言語それ自体として操作する意識」へと発展させる必要がある。

自分なりに考えて比較するというのは、信頼できる情報の比較を、ある程度のところで、享楽的に「中断」することである。

ごくごく当たり前に見ていた物が、ふとしたことで違った名前を付けられるだけで、同じ画像のはずなのに人の目とは不思議ですね。今日一日ぐらい頭の中だけで、時間を潰すことをしてみたいものです。

 

今週の視聴率に「CRISIS」はまだ生き残っていましたね。小栗旬ルパン三世は見そびれてしまいましたが、今更ながら少し陰影演習にやってみましたが、まだまだ無駄な線が多すぎます。

 

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“Si tu n’es pas Socrate, tu dois vivre comme si tu voulais être Socrate

 

 

陰影の演習②CRISIS

「小粉団や耐ふるかぎりの雨ふくませ」(前田しげ子)

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主人がコデマリが好きで苗を見る度に買っていたら庭のあちこちに地植えしたのが伸びているのですが、結局花付のいいのは二年程前に青山の花屋で買った鉢物です。鞠のように小さな花が咲くので小手鞠と書くのかと思っていましたが、小粉団とか団子花と書いたりもするのですね。

「こでまりの愁ふる雨となりにけり」(安住敦)

久しぶりの本降りとなり、先週撒いた野菜の種がそろそろ土をかき分け芽を出してくれないでしょうかしら。これから気温が20度を越えるかと思うと、じっとしておられず、買ってきた野菜物の種を見ると植えています。ピーマンにトマト。主人はレモンの種を大事そうに埋めています。そうして忘れてしまった頃に芽を出すのは何でしょうね。一端頭の中の画像がデリートされると、驚きとなって楽しめる事かもしれません。それもこれも、庶民ならではの無責任のなせること。今朝の新聞から飛び込んで来たのは「失言」という文字。辞書で調べると「言うべきでないことを、うっかり言ってしまうこと」なのだそうです。言うべきか言うべきでないか、それを決めるcode of conduct 行動規範なるものがあるのでしょうね。今、ジョージ・オーエルの「1984」を読み出しました。未来でなくなった今の時代に埋没していると当たり前が過去の未来を見る目からすればとても恐ろしい物がゴロゴロし世界になるのかと思うと、「失言」一つに報道が繰り返されざわつくのも、どうしたものでしょうか。

「こでまりや上手に咲いて垣の上」(嵐弓)

撓む枝に小さく鞠のように並ぶ花は雨でもたげようとも、折れることなく重みのままに揺れています。何と、柔軟な順応した柔らかい枝でしょう。

 

小栗旬の「リッチマンプアマン」が「CRISIS」新番組始まりに備え再放送がしていたので、楽しみに見ていました。やっぱり小栗旬は文句なしにいい男ですね。CRISISも彼の人気で視聴率は持っているのでしょうかしら。少し流行り追ってみました。

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“Les injures sont les raisons de ceux qui ont tort.”

 

陰影の演習①ピエロ

「花びらに花びらの影ポピー揺る」(伊藤知子)

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「散り際は風もたのまずけしの花」(其角)

芥子の花びらはシルクのように透けるように薄く、押し花にすると綺麗な蒲色が薄紫になります。カラスノエンドウの花も濃い赤紫色ですが、これも薄紫になります。

「生きてゐるばかりで我とけしの花」(一茶)

久坂部羊の「老乱」が図書館の予約待ちでしたが漸く順番が廻って来まして読みました。久坂部氏は医師として接しられた患者さんにお父様の介護などの経験がベースになっているのでしょうが、認知症を患う側とその身内の側とが交互に思いを発露するという手法で進めらた貴重な体験小説だと思います。読み進むうちに父親認知症側の立場の言動が気になって仕方がなくなります。そうして息子とその嫁との言動の中に「結局は、父親の事を気にかけ、良くなるように気を配っているようでいて、自分の事しか考えていないんだよ」というのが何度か出て来ます。確かに身内の認知症が進行するのを見守っていると、進行が少しでも遅れるように、改善されるようにとか必死で歯止め策を練るものですが、それでは置き去りにされるのは本人なのですね。相手の立場には究極なれないのでしょうが、寄り添う事から、始めないといけないのだと今更に今更に思い知るばかりです。相手の気持ちをどんなに察しても相手にはなりきれないし、なる必要もないのでしょうが、自分の気持ちの浮き沈みだけには責任が持てるのですから、その起因を考えるうちに相手の中身がそこにあるのかもしれないのでしょうね。また時間が立てば読み返さないといけない作品です。

 

黒の濃淡二色で似顔絵を素晴らしい切り絵にされておらる方のインスタグラムの作品に感動していたのですが、思い切ってどんなやり方をされているのか尋ねてみましたら教えて下さいました。どうやって下絵に凸で切り落としたパーツ゚を貼り合わせていくのかと思いましたら、切り落とした凹面を白い紙の上に置いてそこに凸のパ0ツ゚をパズルをはめるように貼り合わせるのだそうです。何という発想の転換でしょうか。脱帽です。

手始めに簡単な絵から始めました。

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La justice n’est pas une vertu comme une autre. Elle est l’horizon de toutes et la loi de leur coexistence. Toute vertu la suppose ; toute humanité la requiert.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思っているようだけど、て、自分の

ミニレター続き:まとめ

「八重桜夕日重たく揺れにけり」

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昨夜は急ぎの作品作りで完全徹夜です。もう目蓋が重く重く。

「八重桜春も束の間落ちつきぬ」(瀧春一)

5月7日デュオ神戸出展で落ち着かぬ日々です。ほとんど外出もままならず、篭って切ってばかりいますが、久しぶりに出かけたら鯉のぼりが泳いでいました。「大型連休間近」などという声を聞くと、かなり焦ってしまいます。神戸にお寄りの際は覗いて下さい。

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“Votre âge se mesure exactement au degré d'irritation que vous procure une idée nouvelle.”

 

 

 

 

ミニレター続き:庭園美術館総柄

「文庫読むサンジョルデイの日バスに揺れ」(かわせみ)

4月23日は「サンジョルディの日」などと言っても、日本では定着せずに居る日。スペインのカタルーニャ地方が始まりとか。男子が赤いバラを女子は本をプレゼントするのだとかで、市場では賑やかに薔薇と本が並ぶのだとか。日本ではとりあえず「こども読書の日」ですが、本屋さんにはそんなポップ見つかるでしょうかしら?

「つばね反転アメリカ青春小説集」(坪内稔典

サリンジャーライ麦畑→赤ずきんちゃん→庄司薫→日比谷高校... などと連想が続いていく世代ってあるのでしょうか。どうにかして本屋さんに奮闘していただいて「サンジョルディの日」がもう少し賑わってもいいかと思うのですが、スペイン語をやろうと言い出して先生役を買って出てくれた友が逝って早いもので今年で三年が経ち、そんな風習を楽しく語った彼女は向こうでどんな思いで居るのでしょう。今日はフランス大統領選挙投票日。一日動向見たさにTV5でも見ましょうか。 

 
Stands de livres sur les ramblas à Barcelone le jour de la Sant Jordi (2007).

La Sant Jordi (saint Georges en français) est une fête catalane qui se déroule le 23 avril, jour de la saint Georges, patron de la Catalogne1. La tradition veut que, chaque année, on offre une rose, et depuis les années 1920, un livre1. Depuis 1995, l'UNESCO en a fait la Journée mondiale du livre et du droit d'auteur2.

 

 

庭園美術館で栞として売っていたステンドグラスの模様だと思うのですが、好きな柄で総柄にして切って、ミニレターにしてみました。

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