切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

重なりへの試みーケルトの林③

子どもたちが夏休みに入り、NHKのラジオ番組定番「夏休み子ども科学電話相談」が始まりました。この時間帯は、この番組に限らずいつも用事をしながら聞いていますがついつい手が止まる楽しい番組です。これを聞いていて、切実に感じるのが、意志疎通には言語範疇を同レベルにしないと成り立たないのだなと。子どもは実に素直ですから、「分かる?」と聞かれると、必ず「分かんない」と言います。例えば、「光合成」という語を知らない子が相談相手となると、それから説明が要ります。当然「合成」も「二酸化炭素」も「酸素」も分からない。あっさり、「光」、「命」「エネルギー」「栄養」とか「栽培」なんて言葉をつい使ってしまいますが、幼児は電話から聞こえてくる音だけが頼りに、イメージを必死で作ろうとしていますから、そこに入って来れない言葉はどんどん撥ねのけていきます。それを分かった事として解説は続くのです。その空論を上手にいなしたり、交わしたりしながら、面白おかしくして相談は終わります。そうなると、この番組は誰を対象にした番組なのだろうかとも思ってしまいます。つまり、私達大人への配慮をしているのか、素朴な幼児の疑問を楽しんでいる視聴者が主となり、この番組を電話相談の対象者になれない子供達が果たして聞いて居るのだろうかとふと思ってしまいます。

その一人として、学習することは多々あります。「スイカの種はバラバラなのに、どうしてメロンの種はくっついて居るのですか?」先生は解説されます。「メロンのくっついている種の部分を膨らませて大きくなったのがスイカなんだ。メロンのおいしいと思って食べている部分が、スイカでは外側がにおいやられてるんだ。スイカの緑の皮の内側には食べない白い部分が結構厚みがあるだろう。あそこがメロンの食べる部分になるんだよ」そこでその子に聞いてほしかったなあっと。「じゃあ、どうして、そこはおいしくないんですか?」とか。残念ながら、その子はしおらしく「わかりました。ありがとうございました」と切ってしまいました。

このように、幼児であるにも関らず、聞き上手の名手もいます。「へえ」「うわあ!」「そうなんですか?」とか、音声だけの解説なのに、ちゃんとイメージを描き、歓声をあげる子が居ます。つくづく、ハウツー本を買うよりも、この番組は私には会話の秘訣術を教えててくれます。

今朝また、平和の金字塔、惜しまれてならない人の悲しい訃報記事がありました。鶴見俊輔さん、ご冥福をお祈り致します。

「私に優しい散文の力があったなら肩の力を抜いて小学生と一緒に哲学をする」(「優しい散文の力」鶴見俊輔

ケルト文化の林シリーズはまだまだやりたいのがあるのですが、またいずれ。この重ねるのは彫紙アートに似ていますが、まだやったことがありません。もっと緻密ですね。相変わらず大雑把な仕上がりです。

f:id:masasarah:20150724072639j:plain

 Il paraît que la vérité sort de la bouche des enfants?  Vrai ?  Faux ?  En tout cas, il sont plein de bon sesn ces jeunes penseurs ?