切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

型染め型ーディジー

「涼しやと池の蓮を見かえりて誰かはと跡をしのばずの池」

『ひらいたひらいた、何の花が開いた』とよく口ずさんだものですが、このわらべ歌に出てくる蓮華というの花の事を、真剣に考えたこともなくおりましたが、今朝、偶々、蓮の見頃を検索していて教えて貰ったのですが、ここに出てくる蓮華というのは、蓮の花のことなのですね。確かに、開いたりつぼんだりするには、田ごしらえ前に咲いているマメ化のレンゲ草では少し花が貧弱ですね。

 ひらいたと おもったら いつのまにか つぼんだ... 

 つぼんだと おもったら いつのまにか ひらいた...

蓮はこのようにして、四日開閉を続け、ひらひらと花弁を落とすそうで、正に、この歌の通りです。もともと、花が落ちた跡の姿が蜂の巣のようだったから「はちす」と呼ばれ、それが訛って「はす」になったとか。

去年は、東京の名所、不忍池の蓮を秋に入ってから行ったもので、花を拝むことが出来ず、まだ、今の時期なら、花が拝めると分かり、漸く出向き見て参りました。寛永寺の境内から見下ろすと、池一面に、我先にと葉が天を求めるかのように隙間を縫うようにびっしりと伸びています。その合間から、すっと起立するように、薄桃色の花や、開く前のローズ色の蕾が見えます。

蓮と言えば、仏壇の扉絵や盆に供える干菓子のイメージが浮かび、末香臭い雰囲気があり、以前から、木村英輝氏の青蓮寺の屏風絵が私には、余りしっくりいかなかったところがあるのですが、昨日の光景で全てが合点したような気がします。あの斬新な構図と色合いが、くっきりと私の脳裏で重なったのでした。葉脈が太い線で区切られ、踊るように葉が四方に伸びていく姿、色は原色のように鮮明。その勢いが確かに、不忍池の覆い尽くされた葉の姿の生命力から伝わって来たのでした。

是非、いつか画題にしてみようと思います。

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Le proverbe dit vrai: un lotus pousse dans la vase d’un étang, mais aucune boue ne peut entacher ses pétales pour comme jade.