切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

型染め型ー猫と鍵盤

「花に鳴く鶯 水にすむ蛙の声聞けば  

  生きとし生けるもの いづれか歌を詠まざりける」(紀貫之

二八の法則によれば、今年の八月の書籍には大異変。といいますか、それを見越しての策略なのでしょうが、今月発売の9月号「文芸春秋」は飛ぶように売れるのでしょうね。ピースの又吉氏の「火花」は増刷が続き、先日の報道では、209万部だとか。少し、前の上橋菜穂子氏「鹿の王」が興味をそそったのも、束の間。澤田瞳子氏「若冲」も、影を潜めたかと、図書館に予約を入れてみましたら、甘かったです。予約待ちは百数人。今年は、生誕300年ということで、人気は沸騰しているのですね。

小嵐九八郎「我、美に殉ず」という本が目に留まり、中でも「生きとし、生ける物へ:若冲」を読んでみました。その中にこの画号「若冲」の意味が載っていました。『老子道徳経』からのようで「大盈は冲(むな)しきがごと若(ごと)く、其の用は窮らず」つまり、「本当に満ち満ちたものは空っぽであるかのようで、その働きはいつまでもいつまでも尽きない」らしく、本人は余り当初は気に入っていなかったようですが、最後まで、生きる物へ執着し続け燃焼した人だそうです。同時代には、応挙、蕪村、池大雅、 江戸には浮世絵師鈴木春信などが居る中で、孤高のように独自の境地を作りだしていたそうです。

蕪村とは同い年で目と鼻の先に住んでいたそうですが、ほとんど交流がなかったというのが全てを語りつくしているような気がします。蕪村の絵を、句が絵になったに過ぎないと言わんばかりに好ましくは思っておらず、春信に到っては人気取りの女人描きと見ていたようです。

一作だけで、その人となりは判らぬもの。澤田氏の作品をまた読んでみたいですが、一つずつの作品を思い浮かべながらその時々が読み取れるような物であってほしいと願っています。以前、日経に連載され、直木賞を受賞した、安部龍太郎氏の「等伯」は毎回が楽しみにして読みましたが、そこに出てくる松林に挑む姿は未だに蘇って来ます。

若冲の「百犬図」は是非やってみたいのですが、猫と同様に、毛の模様を黒と白の濃淡なしで、縁線と区別して切り抜くには、工夫が入り、未だに術見つからず、手つかずのままです。

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Il faut distinguer la ténacité de l’obstination; savoir insister et persévérer au bon moment, savoir aussi se retirer et renoncer quand il le faut.