切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

型染め型第二弾ーLIBERTY模様

「淋しい幽霊いくつも壁を抜けるなり」(山川蝉夫)

「青い種子は太陽の中にある」はBunkamuraの公演を終え、9月から大阪公演が始まるそうですが、先日夕刊の演劇批評が掲載されていました。「寺山修司の初期戯曲を蜷川幸雄が演出し、その舞台美術を手がけたのが中越司」とあり、その冒頭のシーンの写真が掲載されていました。主役の亀梨和也さんと高畑充希さんが写っていますが、それよりもそこに並んだ舞台装置を見た途端、「う!これってボス?」っとついつい写真に釘付けになり、食い入るように見てしまいました。掲載の舞台説明によれば、どうも「悦楽の園」の三連の右側、「地獄」に出てくる登場人物のようでした。それが幕開きにつれて、動きだすというのですから、是非見てみたいものだなあっと思ってしまいました。

この「地獄」は不思議な魅力的な絵です。中央の木人間の眼差しは一体何を見ているのか、憂いを持った目でこちらを見ているようにも見えますが、背後の者たちへと配慮を持った優しい眼差しにも思えて来ます。眺めていると、時間の経つのを忘れる程、飽くことがない絵で、私の最も好きな絵の一つです。一度模切りをしたいのですが、弟子のブリューゲル止まりでまだ手つかずです。

先日、円山応挙の「座禅する骸骨」というのが紹介されている記事を見かけました。写実家で知られる彼にどうしてこのような絵が描けたのかを解説しておられる記事でしたが、彼は空想の中で描くことなく、近世に既に版本されていた「九相図」を見知っており、その簡素化された絵で終わらず、蘭学の解剖図を手本にして正確な骨格を把握したうえで描いていたそうです。でも、彼は幽霊画でもよく知られていますが、さて彼はそれをどうやって生み出していったのか。

この二人の絵が見ながら、私の中では世の中には、見えない物が見える目を持ち、見えても見ていない物をいつも見ている人が居るのだなあと思います。オニヤンマの目だとは言いませんが、心の目があればいいなあっと思うばかりの凡人です。

ブリューゲルはボスの弟子として、依頼もあってボスの模写をさせられました。応挙は墓場や刑場に足を延ばしては写生に勤しんだのでしょう。手本あっての遊び心だったのかもしれません。

ただただ、模切りに専念しようと思います。LIBRTYの模様はやはりいいですね。好きな、芥子、ペンペン草、レースフラワー、スカビオサなどの花々のデザインを選んで切ってみました。繰り返しにせず、部分染めにしようかと全柄にしませんでした。

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“Ecrire des lettres, c'est se mettre nu devant les fantômes ; ils attendent ce moment avidement. Les baisers écrits ne parviennent pas à destination, les fantômes les boivent en route.”