切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

手提げかばんー不思議の国のアリス

「よく晴れて秋刀魚喰ひたくなりにけり」(和田耕三郎)

夕方路地を歩いていると、「ああ秋だなあ」と実感する例の香りがしてくるおうちに出くわす季節となりました。この香りをかぐと、思い出す人がいます。私の知り合いの奥さんですが、焼き立ての秋刀魚料理に声を出して感激されていたことがあります。奥さんなんだから、秋刀魚ぐらい買って焼けばいいのにと思っていたら、ご主人が秋刀魚の焼ける匂いが苦手だそうで、家で秋刀魚が焼けず食べられないのだそうです。いつも塵一つ落ちていないピカピカの台所でしたが、そこからはホコホコするような美味の手料理は連想されませんでした。

「七輪に去年の埃秋刀魚焼く」(石崎そうびん)

「火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり」(秋元不死夫)

今では、コンロの引き出し式のグリルに入れれば簡単に両面焼けるし、換気扇を回し、そとに追い出せば、匂いもさほどではないでしょうか。でも何だか味気ないですね。七輪を勝手口に置いて、豆炭の火を起こして、網を置き、膝頭を立てて、団扇で仰ぎながら、あたり一面に煙と匂いを充満させながら秋刀魚を焼く。そんな光景は昭和レトロの映画の中でしか見られなくなりました。

「一人にはいささか大きい秋刀魚焼く」(宇根綾子)

「食欲の無き日の酢橘惜しみなく」(須崎君江)

私は三人兄弟で、姉と弟が居て、正に「ブーフーウー」でしたが、秋刀魚の好みが三様でした。母がその好みを毎回聞いていたとは思いませんでしたが、秋になると秋刀魚は繰り返し出て来て、母のバリエーションを持たせる苦肉策の結果出来た三様だったのだと思います。姉は塩焼き、弟は煮つけ、私はバター焼き。姉は甘い物が苦手、弟はぷっくりしていて甘い物好き、私は和風嫌い。そんな私達でしたが、この時季になると当たり前のように台所には酢橘の箱があり、食卓には必ずと言っていいほどに、酢橘の切ったのがお皿に置かれているのを和洋見境なく絞って食べるのが皆好きでした。魚はもちろんのこと、湯豆腐にかけたり、八宝菜にかけたり、エビフライに絞ったりと、私たちの食欲に貢献し続けていました。

父が知り合いの息子さんの就職の口利きをした事から、そのお母上が四国の方で、律儀に毎年送って来られていたのでした。先日、その青々とした酢橘が二間続きの和室にびっしりと二万二千個が並べてある写真が夕刊に掲載されていました。5日間陰干しをすると余分な水分が飛び、傷みにくくなるのだそうです。機械乾燥でなく、そうやって手塩にかけると味は格段の違いがあるのでしょうね。うちに送って来られていた奥さんも亡くなられ、酢橘箱も途絶えてしまったそうですが、その母心が酢橘の青さを見ると蘇って来ます。

 

いろいろ染めてみましたが、試し染めした生地の再利用として小物を作ってみることにしました。父がはたして袖を通したのか不明の紬の着物を箪笥から救出したものの放置したままでしたが、この際と解体して使ってみました。

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Les caractères chinois utilisés dans les noms chinois et japonais (秋刀魚) veulent dire « poisson-couteau d'automne » en référence à la forme du corps en lame de couteau et à la saison d'abondance de ce poisson. Il est aussi appelé « balaou du Japon » ou « balaou du Pacifique ».