切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

手提げかばんー山桜

「鮮度すぐ落ちて日持ちのせぬニュース」(石井紀子)

泥水に浸かって項垂れた稲穂、ハウスの中で泥の中から葉だけ見えたイチゴ苗に、これからいよいよ収穫の大豆、、。豪雨から一週間が経とうとしています。水が引いた後の姿は惨く、心が痛むばかりです。イチゴはクリスマスに向けて苗付けが終わったところだったそうです。稲は水に浸かると発芽しだすのだそうですね。恐ろしい生命力ながら、米としての品質は損なわれます。被害額は甚大。それでも、泥をよけて、一つずつ、苗を起こし、稲も機械が入らないからと、一株ずつ手で刈るのでしょう。

「足踏みの音の疲れし脱穀機」(松倉ゆずる)

一昔前は、皆、腰を曲げて鍬で刈ったものなのでしょうが、コンバインなどという物が普及したのはいつごろなのでしょうね。刈ったと同時に、脱穀されて袋詰めされて、藁は切り刻まれていくのですよね。それまでは、全て人の手で、刈られ、去年の藁で束ねる用に結い、ばらけないように束ね、集められ、稲木を立てて、束ねた稲穂に風通しいいように二つ割して吊る下げ、台風の強風で倒れないなように気遣いし、脱穀、筵に並べて、天気と相談しながら天日干しを繰り返し、臼挽きをしてようやく玄米。そんな行程も、思い浮かべられる人も、ましてや足踏み機械など、資料館にでも行かないとお目にかかれないでしょうね。それでも、どんなに機械化が進もうと、稲田には、害虫に雑草はつきものだし、お天道様次第は歪めず、刈り旬までは、田んぼに入り、害虫の有無を見張り、水はけを気にかけ続けないといけないわけですから、後もう一歩のところの今回の洪水被害は泣くにも泣けないことでしょう。

「直立のまま燃え尽きし曼珠沙華」(林雄次郎)

父は草刈り機で畔を刈る時に、躊躇いがあるのでしょうね、父が刈り取った後には、タンポポ彼岸花だけが咲き残っていました。私が束ねた稲株はすぐにばらけるので、父は縛り直してくれ、稲木に稲束を邪見に私が掛けるので、もう秋風が吹いているというのに、首にかけた手ぬぐいで汗をふきふき、掛けられた稲束を押しやっては隙間を作って掛けやすいようにしてくれてたもののでした。

「籾殻焼母に呼ばれて日暮なり」(太田土男)

脱穀された藁は大事にまた田んぼに積み上げられ干され倉庫に納められ、様々な農作業の手助けに再利用され、臼挽きされた籾は刈田に山型に積まれ真ん中に煙突を立てて燃やすといより燻して、クン炭を作るのでした。これも大事な農作業グッズだったようですっと、ホームセンターに行くと結構いい値段で売っているのだそうです。もちろん、藁も高価品。祖母がタイムマシーンに乗ってDIYに現れたらもう吃驚仰天でしょうね。

「他界にて裾をおろせば籾ひとつ」(中村苑子)

さて、今の閻魔大王はどんな置き土産を目にするのでしょうね。

 

着物は全て祖母の手作りですが、解体するのに鋏をあてていると、手縫いというのはミシン目と違って裏糸を引き抜いたぐらいでは解けません。返し縫をしていってあるのでしょうか、ミシン目さながらの細かい目で一針、一針してあり、解くのが躊躇われてしまいましたが、「えいや!」と、思い切り解き、責めて再利用といろいろ模索中です。

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C’est l’attachement au pays, le culte de cette langueur qu’on appelle la nostalgie.