切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

グリーティングカードー薔薇

「遠足の童手を振る一両車」(田中由美子)

電車を待っていると、行楽の季節を迎えたのか、黄色い声のする一群の列をよく見かけます。つくづく先生も大変だろうなあっと思いますが、一瞬どなたが先生かしらと思うほど、最近では、先生も上手にか同化されているような気がします。それでも、変わることなく、風記上同じ方向性をもっていますね。

「お祈りをして遠足のお弁当」(山田閏子)

わが家では、秋の遠足と言えば、定番は助六だったような気がします。そうして、朝の母の支度の折に、その巻かれた寿司の切り落とされた端を食べるのが何より楽しみでした。卵巻きに甘い椎茸煮が端からたっぷり飛び出していてゴージャスな具です。向田邦子さんのエッセイ、確か「父の詫び状」にあったでしょうか。彼女もそれが楽しみだったと書かれていて、皆同じなんだなあっと思ったものですが、同じ帽子を被った子供たちの一群も見ると、無償にあの端っこが思い出され、あれを食べたさに巻き寿司を作りたくなります。でも、真ん中を食べてくれる人がいませんのは淋しいです。

「遠足児去りし広場に帽一つ」(阿部陽子

あの稲荷寿司と巻き寿司のセットをどうして助六と言うのでしょうか。歌舞伎の助六から来ているそうですが、助六の愛人の名前が揚巻。稲荷寿司の「油揚げ」と「巻き寿司」から命名されたとか。ご存知でしたでしょうか?

「太陽を探して遠足坂また丘」(野沢節子)

澄みきった空に風の揺れる草木を見ていると自然と足が野辺へと進めたくなりますが、

園児の楽しげな声の群が羨ましくなります。

「遠足をしてゐて遠足したくなる」(平井照敏

それにしても、実際は、何事も準備段階が楽しいもので、実際に願いが叶い、現実化すると、人はそれが実のないものになってしまうもののようですね。そうして、もはやそれは無味乾燥なものとなって、次なる夢を追いかけているとは、人とは何とも欲深いものなのでしょうか。知人が先日葬儀に出向いて牧師様が言われていたそうです。「人は皆、死を迎える時こそがその人の旬なのです」と。そこに繋がっていくかと、人の留まらぬ欲情を貶めてくれるような気がします。合掌。

さあ、湊川公園手づくり市も二週間後に迫って来ました。グリーティングカードが結構人気ですぐに売れてしまうので、今度は多様にたくさん作ってみようと思います。厚紙で作るので、二枚一度に切るのには、かなり手が痺れて来て、一枚ずつのが効率いいのかもしてませんが f*_*; 何事も挑戦と、湿布が大活躍です。

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Il ne fallait pas manquer à un pique-nique qu'on avait arrangé pour le lendemain (^ ^)./