切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

額入り:ドアノーの子供

「ほの赤く掘起しけり薩摩芋」(村上鬼城

先日食器棚の整理をしていたら、ポロリとアルミの型が落ちて来ました。やや二重の丸が歪になり、アルミの色も褪せてってしまった型。懐かしいドーナッツの型でした。ここの主も昔はイーストから生地を作り子供のおやつに揚げていたのだなあっと、再認識。私の母は、気が向くとパン屋によってイーストを分けて貰い、半分は、ドーナッツにして残りで豚まんを作るのでした。パン生地を発酵させて麺棒で平らに引き延ばして、あの型で貫くのですが、真ん中の部分を揚げるとボール球のように膨らみます。それを何より食べるのが楽しみでした。夏の暑さがとれて、秋らしくなる季節が来ると無性にあの丸ボールが食べたくなるのですが、ドーナッツに季語はないのでしょうね。大体が、母は食いしん坊だったのだと思います。自分が食べたいからと、野菜を植えるものですから、嫌いな人参にほうれん草は栽培しようともしません。魚の鮮度は誰しも意識しますが、野菜については頓着ないのが常人なのでしょうが、母は採れたてに拘り続け、それだけにこそ栽培に余念がなかったのでしょうね。今の時期になると、じっとしておられず、こそこそと蔓に沿っては掘り起し、髭のような薩摩芋を掘って来ては蒸かしていました。

「いも蔓を引けば甘藷の大家族」(国包澄子)

毎年子供会の庭の芋ほりを呼びかけておられた知り合いのご主人が亡くなられました。子供さんがなく、奥さんだけが残されましたが、あの庭の芋畑は今年どうなっているのでしょうかしら。藷蔓を片づけるだけでもひと仕事。更地にしても雑草は映えるでしょうね。秋風に土が舞うのは、応えるでしょうね。

「藷掘るやその蔓食べしこと話題」(橋岡長)

夏はカボチャ、秋は甘藷が主食だった世代を過ごした方々には、この二つの野菜が嫌いな方が多いのだそうです。この二つを見ると「飢え」が蘇るのでしょうね。今では、カボチャと言えばハローウィーンにしか結びつかない世代には摩訶摩訶不思議な異次元。何でも、そうとらえると、この表現も介護には楽な響きがあるようです。

先日の発見。下絵も一緒に切りますから、コピー用紙で薄いですが、もったいないので、それに油性スプレーを掛けて再利用していますが、そこで大発見。スプレーが飛ばないように箱の中に新聞を敷いてスプレーするのですが、新聞に綺麗な抜型が残ります。これはいいなあっとオレンジの画用紙を下に敷いて、骸骨、蝙蝠、カボチャ、蜘蛛の巣、お化け、魔女などなど並べて黒のスプレーを掛けてみました。予定では型抜きの柄が浮き上がるはずだったのですが、スプレーの勢いで型が吹きん飛んでしいました。ちょっとした工夫、マスキングテープでも使って固定をすればいいようです。失態。

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“Sème un acte, tu récolteras une habitude ; sème une habitude, tu récolteras un caractère ; sème un caractère, tu récolteras une destinée.”