切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

wall sticker:ルドウテ薔薇③

「鍬の柄を替へたる父の秋収め」(柳堀喜久江)

今日のようなすっきりと秋晴れが広がると、田仕舞をした一家が揃って、箪笥に仕舞い込んでいた折り目のままの一張羅でお粧しして、出かけるのです。

「菊よろふ義経人形いと凛々し」(武田愛女)

「秀吉は恐妻家なり菊人形」(野田ゆたか)

「菊人形一豊千代の見せ場あり」(川口善美)

幼き頃は、何故行く先が菊人形展なんだろうと、思うぐらいに無理無理着せられたような菊衣装の時代劇が余り私は好きではありませんでした。でも、我が家では、稲刈り、籾摺り、脱穀までが終わると、秋揚げとして、一家揃って枚方パークの菊人形展に行くのでした。多分主催者が父の仕事関係なのでチケットがあったんでしょうが、90歳を過ぎても曽祖父は皆出席だったような気がします。そこまで執着するのは、我が家のもう一つの憩いが毎週日曜日の夜8時からのNHKの歴史大河ドラマだったのも一因だったのでしょう。これ以外は見せてもらえず、必ず皆揃って見せられたのでした。そうして、この枚方パークの毎年の人形展のテーマがこのドラマだったのでした。

時代の流れに押され、この人形展も先行かなくなり催しが停止された話を聞いたのはいつだったでしょうか。ググってみますと、菊師さんの高齢化で2005年の「義経」で96年の歴史を閉じたのだそうです。その後、2010年に京阪電車開業100周年を記念して開催され、その後もポツリポツリと小規模ながら展示されているそうです。今年は、江戸時代をテーマに展示されるそうです。

「菊人形問答もなく崩される」(藤田湘子)

家族がこうやって一所に遊行するという事に希少価値がなくなったのでしょうか。今、夫婦別姓に関する法改正へに向けて最高裁で審議が進んでいます。「選択的夫婦別姓」というこの「的」というニュアンスに私達はどう反応しているのでしょうか。この問題が最初に提案されたのが菊人形展に終止符が打たれた年1996年。全てが動いたように見えましたが、まだ本決まりには至っていません。家ということを姓だけで守り抜こうとしないといけないくらい、脆いものになっているのかもしれません。ばっさりと期間が終われば、どんな苦労の作品も潔く壊されますが、心に刻まれたものは消えないはずです。姓などなくても繋がっていられるものがあるはずだと、小菊の庭から思いが募ります。

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“Hésiter est une preuve de réflexion.”