切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

wall sticker:ルトウテ薔薇④

「日影にて美男蔓の実の赤し」(北川紀美子)

秋の山を散策すると、いろんな木の実を見つけますが、中でも目を惹くのが実蔓。木苺をおおぶりにしたような形ですが、その一粒一粒が透けた紅色をしていて木漏れ陽を浴びて輝いているのです。見つけたからと言ってどうこうするわけでもないのに、山に入ると、この実ばかりを捜していた記憶があります。またの名前を美男蔓というのだそうです。何故、美男かと思えば、樹液が整髪剤に使われていたとか。この語と言えば。

「名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな」(三条右大臣)

高校の古典の授業並みに、解読すれば、

「名にし負はば」は「名に背かねば」

「逢坂山」は「逢う」の掛け言葉

「さねかづら」の「さね」は「小寝=一緒に寝ること」

「人に知られで」の「人」は「他人」で「他人に知られないで」

「くるよしもがな」の「くる」は「来る」と「繰る」

「あなたを連れて来る手立て欲しいよ」実蔓のつるを手繰り寄せてツタの先に恋しい人がついてきたらなあっという意。

歌の意味も知らずに上の句の頭を聞けば下の句を反射的に捜すだけに鍛錬していたようで、意味を改めて知った次第です。山の実と言えば「むべ」。

「吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ」(文屋康秀

これも、頭五句だけで下の句を絞れる名句。高校時代は、試験勉強の為だけに覚えたものですが、今となっては裏覚えでどれもがすらすらとは出て来ません。そうです、私の脳は、ちっぽけな安物です。ところが、どういうわけか、私の周囲には記憶力の天才が、ウジャウジャ居まして、手品のように手ではなく脳の中から私の描ききれない言葉を鳩を出すように、引き出してくれます。「白露に」などと言えば「つらぬきとめぬ玉ぞ散りける」と。悔し紛れに意味はと聞くと、「意味は知らん」といつも言うのです。それが私には不思議で仕方なかったことがあります。意味も知らずに百もの歌を覚え、お経も諳んじます。どこにトリックがあるのでしょうね。魚の脳ほどもない私には、鰭もなく情報機器の恩恵の中に埋没するのみです。

実は、先日本屋で、今テレビで放映中の「破裂」と「無痛」をチェックしてみたくパラパラと立ち読みして気づいたのです。久坂部羊は一時嵌ってほとんど読んだはずなのですが、二作ともに記憶がまるで違っていたのです。絶句。単なる脳の生来の不具ならいいのですが、これに輪をかけて脳に支障が生じているならばと。手を動かすのみが予防策です。

フランスでは、今コロリアージュ(coloriage)という塗り絵が流行っているのだそうです。日本でもそのシリーズ化した塗り絵本が売っていますが、面白いのは、ついぞ昔、アメリカでzentangleという線画が流行している話題を見つけ、しばし嵌っていましたが、意図は同じようです。ストレス解消、気持ちを落ち着かせるのに効果があるとかでじわじわと浸透しているというのです。アメリカが、線を実に細かく引いて細密画を作り揚げていくのに対して、フランスではもともとある線画の細密画を多色の色鉛筆で細やかに色分けして塗り潰して仕上げていくというのです。いずれにしても、線画ですので、切り絵の題材にはぴったりなので、いろいろ取り込んでみました。乞うご期待を。

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On dit que le temps cicatrise les blessures. Il ne faut pas beaucoup aimer ceux qui sont partis pour les effacer de votre mémoire.