切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

wall sticker:coloriage①

立冬や言ひ訳ほどの通り雨」(小野出節子)

今日は、もう二十四節気の第19、立冬

立冬やこれよりつと逃ぐる日々」(稲田汀子)

ホント、そうですね。別にしんどい訳でもないのに、体温など計ったりして、38度などという数字を見ると一気に体が鉛のようになっていく時があります。

立冬のクロワツサンとゆでたまご」(星野麥丘人)

こんな句を見ると、マロニエの枯葉が舞う石畳を、白い息を吐きながら、パン屋に行き、脂の滲んだ紙袋を下げて帰路に着き、丼みたいなカップにカフェオレを入れベッドに運ぶ。そこに居るのは?単に一句の言葉の魔力が行ったこともない世界へと導いてくれることがあります。私が描けば、誰も興味をそそられることなく、欺瞞の世界にしかなりませんが、矢田津世子氏の「茶粥の記」に出てくる、良人の食談義は、聞いてみたくなる才知があるのですね。役所の戸籍係りを務めた小市民の主人に先立たれ、姑と二人で里に帰っていくという事をつづった短編です。

立冬や喉ごしやはき奈良茶粥」(東尾湜子)

そこに出てくる主人公清子の得意料理は茶粥ですが、それが緑茶なのです。私のイメージでは茶粥と言えばほうじ茶と茶色い粥なのですが、さて、清子の粥はどんな色をしていたのか、美味しいと褒められ繰り返し食卓に出したとか。悲しいかな、昨今は、食に対する贅も尽くされ、限りがない感じですが、健康へのブームも留まるところを知らず、人と違った事を言う事にしのぎを削っていると言っても過言ではないのでしょうか。その極め付けでしょうか、「スーパーフード(SF)」ノーマルフードに対して、ただの食べ物と薬草の間にあるような食べ物とかなり曖昧模糊として、単に消費者をくすぐるだけのような感じですが、マーケテイング用語で、定義は明確でないようです。キヌアやアサイーぐらいなら、私も好きで使うことはありますが、スーパーに行くと結構目を惹きます。しかし、食は足し算より引き算。

立冬や白湯をかみしめかみしめつ」(山口素基)

清子は姑と郷里に着く前に姑の為に温泉に立ち寄るのですが、馴染んだ家を立ち去る前に、ふと、知人の置いていった雑誌の中にあった主人の「栄養漫才」を読みます。

読みながら清子は、
「嘘ばっかり、嘘ばっかり」
 と見えない良人を詰った。食べもしないくせに嘘ばっかり書いていると肚立たしい気持になったが、しかし不思議に良人の文章から御馳走が脱け出して次ぎつぎと眼前に並び、今にも手を出したい衝動に、清子はつばが出てきて仕方がなかった。

食の本当の贅はこんなところにあるのかもしれません。

コロリアージュ(coloriage)で検索をかけた中から、選んで画像をコピーして切ってみましたが、黒で切ってしまっただけでは、味気ないですね。やはり、「塗り絵」は色が多色に塗りいれてこその絵なのですねっと。染めるとどうなるのか、今後の課題です。

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“La société est composée de deux grandes classes : ceux qui ont plus de dîners que d’appétit, et ceux qui ont plus d’appétit que de dîners.”