切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

小さな職人たち'Chansons'

「煮凝りや亡き父起きしけはひする」(仲村青彦)

昨日から、ぐぐっと冷えて来ました。余りに年明けから、冬とは思えぬような陽気が続いただけに、この冷え込みは応えます。それにしても暖冬故か、ドラッグストアーの店頭にわんさと積まれたカイロ。売れないのでしょうか。

今朝、ふと底冷えのする朝の台所に立つと、煮魚なと最近滅多にしないのですが、盥に溜まった水が、うっすら凍ったのを見ると、食べ残しのアラ炊きのブリの煮凝りに舌鼓を打っていた父がぽっかり現れます。

「そう言えば煮凝あると独り言」(平居奇散人)

煮凝りなどは、若い人達の食卓に上ることはないのでしょうか。料理屋のお通しにでも出てくるだけなのでしょうね。ゼラチン質の多い肉や魚の煮汁が冷めて固まったものです。わざわざゼラチンで固めたお洒落なテリーヌとは違って、素朴な残り物の皿にぺちゃりとくっついた煮汁で、箸を入れると、ペラリと剥がれたりします。

「熱々の御飯に煮凝溶け初むる」(稲畑廣太郎)

鰈の煮付けをするのに、母に口を酸っぱくしてが言われたのが、「いいかい、酒にみりんは入れたらあかん。凝りが出来んからね」と。それも、長い年月が経ってみると、「待てよ。酒は入れるんだったかな。水は入れないんだったかな」とあれほど言われた事なのに、最早どうだったやら不確かになっています。

「煮凝に晩酌一本増やしけり」(小橋安子)

姑が熱を出して寝込んだりすると、ぴくぴく、まだ動いている生きのいい鰈を買って来ては煮付けて粥と一緒に枕元に持っていったものですが、母の伝授も義母の御教授も空しく煮付けの苦手な私のでは食が進まぬのでしょうね、よく捨てたものです。今思えば、母が見たらさぞや嘆いた事でしょうが、それを翌日楽しみに酌を進める人はどこにでもは居ません。

「煮凝のはじから溶ける介護論」

今朝の新聞「ひととき」に16年父と二人暮らしの66歳となった娘さん、南博子さんの投稿がありました。その文の中で、父上ががん告知を受けた折に「さよか」と一言だけで発せられたという下りがありましたが、この「さよか」正に、煮凝りが熱い御飯の上で溶けるような言葉ですね。

「煮凝りや裏返しなる愛と憎」(今西昭道)

でも、早々何もかもが口の中でトロリと溶けるような心持だけでは行かないのが介護。行間に潜む辛さを心痛しつつ、陰ながら南さん、応援しております。

「小さな職人たち」らしくなく、やや私が切ると、老けた子供になってしまいました。足元にゴマ粒みたいに見えるのは投げ銭です。

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Le Moyen Âge fait du pâté un chef d’œuvre : ce qui n’est, au xie siècle, qu’un simple haché de viandes épicées (ou de poisson), cuit dans une terrine et consommé froid, est alors composé d’une enveloppe de pâte fourrée de diverses viandes et superbement décorée lors des fêtes d’apparat.