切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

ステンドグラス風:ミューシャ①

「火事の跡留めし地震のありし街」(稲畑汀子) 

昨晩は雨風がきつく、朝外に出てみると、枯葉がそこらじゅうの路面にこびりついています。東京では積雪となり交通網が乱れたようですね。久しぶりのお湿りとなったのかもしれませんが、乾燥した大気に寒風が重なると大火の恐れが高くなり、火事の頻度数からなのでしょうか、火事の季語は冬なのだそうです。21年前の昨日も、地震後火事が起こった箇所は悲惨でした。

「千年の歴史丸呑み寺の火事」(涌羅由美)

1月18日は振袖火事の日なのだそうです。江戸の三大大火の一つである「明暦の大火」は因縁の振袖を寺社が供養にと焼いた火が風に煽られ江戸中を焼きつくした日なのだそうですが、実際の所、火元は振袖にあらず、暗躍があったのだとか。その後は、墨田区江東区の繁栄へと繋がり、回向院移転により終には今の国技館立地へとなるのですね。

「今思へば皆遠火事のごとくなり」(能村登四郎)

今朝は、「トン、トン」淋しい音ながら、近所の八幡神社の厄神祭です。うちの前の路地が参道に繋がるので話し声が、かつてはよく聞こえたものなのですが、最近は登り口の鳥居に置かれた太鼓を叩く人も減り、音も珠にしか聞こえなくなりました。それほどの段数でもないのですが、登るとなると何度も途中で休まないといけなくなり、遠のくばかりです。

「千日の稽古(けいこ)を鍛(たん)とし、万日の稽古を練(れん)とす」(宮本武蔵

先日神社にあった札の文句です。簡単に言っていますが、はたと計算すると、千日と言えば、約3年、万日と言えば約30年。火事は、何十年住み付いた家も、愛着を持ち続けた調度類も、一瞬にして灰にするのですから、そこには未練も執着も消さざるを得ませんが、鍛錬となれば、自己とだけ対峙するもの。そう思うと、信じるに足るものとは、こんな所にあるのだなあっと思えて来ます。

 

先日テレビで伊勢型の特集を放送されていたのですが、彫師さんの仕事場の作業映像がいい勉強になりました。目から鱗となったのは、彫る箇所の台に丸い穴が空いているのです。そこに彫る箇所を狙って置いて、刀が台に当たらず、穴にポスポスと抜けるのです。確かにこうすると、切り残しがなくなり、刃物の痛みも軽減されるでしょうね。一度私も土台に穴を空けようと思いつつまだ、中々実行していません。

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“Un livre, pour mériter d'être écrit, doit susciter des désastres, engendrer des perditions, des anéantissements, des trahisons de l'ordre social, il doit prodiguer le feu d'un incendie esthétique.”