切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

手提げ鞄:若冲①

「物の種握れば命ひしめきる」(日野草城)

今日1月29日は1956年の忌日、草城忌です。山口誓子などと同時代の俳人。無季俳句を積極的に取り入れ、エロティシズムや無季の句をつくり新興俳句の主導的役割を担った人物なのだそうです。びっしりと何粒も詰まった胡麻の実を思い浮かべると、この句を思い出します。

「まのあたり静かさ暮るる冬木かな」

草城氏は晩年病床につくと、夫人の看病の中にあり、若き日のころのエロスを詠った頃とは別に静謐とした句が目立つのだそうですが、夫人を一人残して逝かなければならない想いが伝わる句があります。

「切干やいのちの限り妻の恩」

切干大根と言えば、母の恩が過るばかりの私です。母の切干大根は、店頭に並ぶ細長い大根ではなく、丸大根という種類のカブのお化けみたいにサッカーボールぐらいある大きな大根でした。それを採りたてたのを乱切りにして薄揚げと炒り子と一緒に油いためして煮付けるのも実に美味しかったですが、沢山収穫されると食べきれないからと、千切りにして笊に並べ天日で干したものでした。丸大根は通例の大根よりも、はるかに甘味がありカブに似たキメの細かさがあり、干すと大根とは旨みが雲泥の差があります。

母がよく言っていたのが、「禅寺の坊主さんはね、最高の馳走には、客の顔を見てから庭にでて収穫して即座に料理をするんだって。鮮度は魚だけじゃあないんだよ」と。

「冬薔薇の咲くほかはなく咲きにけり」

冷気の中、色のない庭先に一輪咲いている薔薇を見かけると、確かに薔薇は薔薇だと。「天地神明に誓って」などと軽々しく言うものですが、果たすべき役を担う限りは、役に徹しないと、その存在すらが抹消されることのはず。凛として葉は干上がろうとも咲いている薔薇、ちりちりに干し上がっても大根は大根から、さて何を学ぶのでしょう。

「寒の闇煩悩とろりとろりと燃ゆ」

草城氏51年の生涯。あちらでは勇猛果敢、それとも静かに詠っておられるでしょうか。夢想すれば、句が舞い降りてくればいいですね。

 

若冲の天井画を見に信行寺を訪れた折に売っていた手提げカバンをヒントにいろいろ染めて作ってみています。蓮の図柄ですが、既に天井絵も絵がくすんで来ているので画像が鮮明でなく、実の部分がよくわかっていないです。

f:id:masasarah:20160129103636j:plain

“Le pot-de-vin est une sorte de vaso-dilatateur de la conscience politique qui provoque très rapidement un regain d'intérêt chez ceux à qui on l'administre.”