切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

手提げ鞄:若冲③

「風の子の嬉々と作れる雪だるま」(西村舟津)

昨日は少し冷え込みましたが、遠出して宇都宮まで行って参りました。以前にも何度か題材として扱っていました大好きな画家のビアズリーの展覧会に是非行ってみたかったので、思い切って出向きました。大宮あたりまでは起きていたのですが、いつの間にやら寝てしまって気づいたら、「トンネルを抜けると」でもありませんが、一面雪景色。宇都宮からは少し距離があるのでバスに乗りましたが、帝京大学を抜けて奥深く森に入って行くように乗り切ると、樹氷の中に浮かぶ館のような美術館でした。余りに熱心に作品に見入ってしまい、一台バスを逃してしまい、バス停にて見える広場をしばし眺めていますと、土曜の家族サービスなのでしょうか、三々五々、苦心の作が出来上がり、適度な傾斜には、こんな雪も珍しいことではないのでしょね、車から段取りよくソリを出して、子供の歓声が聞こえて来ます。

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「太陽に命ゆだねし雪だるま」(稲畑汀子

夜の間に降った雪だったようで、昼間は晴れ渡り、美術館から出てみると、樹氷のはずの木々は黒く塗り替えられ枯木の森に変わっていました。バスに乗り込んで、街並みに戻って来ると、あちこちの玄関先にそれぞれの家の備品の施された雪だるまが沈んでいきます。

「立たされたまま風葬の雪だるま」(山口速)

宇都宮まで折角来たのですからと、駅に戻ると早速に人気の「みんみん」に寄り、幸い時間がずれたのでしょうか行列もなく、それでも店内は満員で飲食が出来なかったですが、冷凍の持ち帰りを首尾よくゲット出来ました。駅に戻り泥濘化したバス停で長靴姿に、お国訛のある背を丸めた高齢の方々を見ていると、さて、このおじいさん達なら、「餃子、それなんや」と聞こえて来そうな気がして来て、一体、宇都宮と餃子の関係って何なのだろうと頭をもたげてしまいました。調べてみますと、

昭和15年頃に、陸軍の宇都宮部隊が満州に駐屯した折に、兵士たちが、本場で食べた餃子を宇都宮に持ち帰ったことが、宇都宮餃子の始まりだそうです。その後餃子は、宇都宮の人々の手軽な外食として根付いていきましたが、平成に入って大きなスポットライトを浴びることになり、国の家計調査によって、宇都宮の餃子購入額が非常に多いことが分かり、そこに目を付けた市の職員によって、宇都宮餃子は全国に向けてPRされるようになったのだとか。

風評とは、良くも悪くも最近はラインなどの威力が絶大で予想だにせぬ影響力となり、気づいた時にはその根を捜すことが困難になる事もあるのでしょうね。ふと、昨日の長旅の車中で読みつぶした荻原浩「嘘」が尾が引くようで、餃子を持つ手の重みにて自戒の意識が生まれる日でした。

「意識はしばしば感覚のひだの中に身を潜める」『折々のことば』から

若冲天井画の「向日葵」を木綿地に染めたのをポケットにして、着物生地に縫い込み鞄にしました。裏地は絹の染めがらになっています。

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Le monopole du savoir, qui était détenu par l'école et par l'université, a été capturé par la télévision, la radio, les médias au sens large. C'est la cause première de la crise de l'enseignement. (Michel Serres)