切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

手提げ鞄:coloriage①

「ご破算で願ひましては春立てり」(森ゆみ子)

今日は、二十四節季の第一、立春です。一年の季節の最初の出発点。

「雨の中に立春大吉の光あり」(高浜虚子

元旦の「一年の計」も早や揺らぎつつある中、今日の「立春」という響きに押し上げられて、算盤の珠を揃い直すかのように、仕切り直すと、空まで晴れ渡るように見えてきて、今年の展望に光が射します。

立春の卵立りたる夫婦かな」(小宮山政子)

そう言えば、遠い昔、どこからそんな事を聞いてきたのか、豆撒きの翌日に真剣に卵立をやったことのある方は少なくないのではないでしょうか。このニュースが世界中を飛び交ったのは1946年の事なのだそうです。その前年にもニューヨークで話題になりましたが、日本では硫黄島に迫る窮地の中余裕など微塵もあるはずもなかったのですが、戦後翌年の立春、中国では卵が跳ね上がる値になるほどの大事件になったのだそうです。それに纏わる、雪と氷の研究で知られる中谷宇吉郎氏の随筆『立春の卵』がある事を知り、青空文庫で見つけ読み返してみました。

早速買いに行って来いと命令した。細君は大分不服だったらしいが、仕方なく出かけて行った。卵は案外容易に手に入ったらしく、二つ買って帰って来た。もっとも当人の話では、目星をつけた家を二軒も廻って、子供が病気だから是非分けてくれとうそをついて、やっと買って来たという。

宇野氏は自分でもやってみようと験すのですが、ある説では、寒い時季だから立つのではないのかというのに疑問を感じ、卵を茹でてやってみようとしますが、妻が茹でた卵を破損させてしまい、買いに行かせる箇所が上記です。一パックでしか思いつかない今の時代ですが、戦後の食糧難の時代、卵は実に貴重だったのが今更に伺い知れます。

結局は、卵は立春とは無関係にいつでも立たせようと思えば立つ事が可能だという事を結論づけて、この随筆は終わっています。氏の文末です。

>人間の眼に盲点があることは、誰でも知っている。しかし人類にも盲点があることは、余り人は知らないようである。卵が立たないと思うくらいの盲点は、大したことではない。しかしこれと同じようなことが、いろいろな方面にありそうである。そして人間の歴史が、そういう瑣細ささいな盲点のために著しく左右されるようなこともありそうである。

 立春の卵の話は、人類の盲点の存在を示す一例と考えると、なかなか味のある話である。これくらい巧い例というものは、そうざらにあるものではない。紐育(ニューヨーク)・上海・東京間を二、三回通信する電報料くらいは使う値打ねうちのある話である。

盲点にもならないのでしょうが、産廃業者問題を聞くにつけ、どうして日本では、フードバンクが根付いていかないのだろうかと。「ダイコー」の前に介入していいルート開拓を願うばかりです。

塗り絵の柄を型にしてみましたが、細かすぎて紗を置かないと、糊付けが難しく少し染め斑になりました。鞄の柄は細手の紐を二色で縒ってミシンで縫い押さえてつけてみました。

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On ne voit bien qu'avec le cœur. L'essentiel est invisible pour les yeux.(Le Petit Prince)