切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

ウオールステッカー:浮世絵②

「日溜りにどこから集ふうかれ猫」(南部静李)

ついこの間までは4時を過ぎると辺りが薄暗くなり、街灯がぽつりぽつりと点いていましたが、今では6時ごろ迄明るく、時計が基軸の生活ながら、ついつい外の明暗が手を鈍らせます。陽ざしの明るさに、うちの鶯でもないのですが、近辺には山もあるというのに、まだ鶯の初音を聞きません。ただ、猫だけは正直というか、最近声が高くなってきました。

「塀の東西に分け春の猫」(山本青水)

裏の向かいの一人暮らしのお宅の草木が一本も無くなっていた話はしましたが、筋違いで足を向けることもなかったのですが、先日気になり出向いてみると、表札は取り除かれ、もぬけの殻の空き家となっていました。ちらちらと聞こえて来る井戸端話によれば、いつぞやは呼ばれたタクシーの運転手が待てど来られず連絡も取れず、結局その日の暮れ時分に一町向こうでうろうろされていたとか。そんな噂話が飛び交う中も、彼女が引っ越したという現場を誰も知らないのが、何とも薄情な話です。でもその屋根には、主の存在も知らずに、相変わらず屋根の南面には猫が、ふらふらと集っては何やら会議をやっています。

「何喰わぬ顔に戻る猫の妻」(松本正勝)

地方版に、91歳から97歳8人の激動の人生を紹介した企画展「百歳の肖像」の記事がありました。96歳と97歳の女性が快活に笑みを浮かべておられる写真が入っていました。うちの義母もこの26日で96歳になりますが、完敗です。この記事の話をしても、表情一つ変えないでしょうが、心中ではムラムラするのでしょうか。もぬけの殻の住人だった女性とも仲良くしていた義母ですが、その話をしても無表情ながら、「何が幸やらね」と言っているような気がします。

「塀超えて忍び来る頃春の猫」(梅田澄子)

歌川国芳の猫を描いたポスターが目に留まるのですが、中々見に行くゆとりがないです。「猫まみれ展」神戸ゆかりの美術館だそうです。3月27日までなので、っと思っていると気づいたら4月だろうなあっと。でも、国芳の猫は以前やりましたが、今度はモビール風に作ってみようと思っています。乞うご期待を。

 

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Il y a deux moyens d'oublier les tracas de la vie : la musique et les chats. Albert Schweiter