切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

染め型モーリス風②-2

「ヒヤシンスしあわせがとうしても要る」(福田芳之)

小学校の教壇には必ずと言っていい程、ガラスの球根栽培の器に入った水耕栽培のヒヤシンスが置かれていなかったでしょうか。もうかなり前だったのだと思うのですが、あのガラスの器を見かけたら無性に植えたくなり、ビー玉を一杯詰めて出窓に置いたことがありますが、その後庭に球根だけ植えこんでいましたら、毎年咲きます。段々、花数が減ったようですが、今年も他の草に覆われながらも咲いていました。

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この蒼い色と漂う香りを嗅いでいると、思い出すのが、須賀敦子氏の本の中で紹介されていた「ヒアシンス」という詩。本棚を捜すのですが見つかりません。調べたら「トリエステの坂道」という本で作者はVirgilio Giotti。

>白と薄むらさきの二本のヒヤシンス、さっきぼくにくれながら、ちょっと笑ってた、きみに似ている。蒼い顔して、白い歯をみせ、しっかりとぼくにさしだしながら。

いま、コップのなかで蒼ざめて咲く花たち、色あせた壁を背に、窓からはいって、すりへった石の上をよこぎっていく日のひかりのとなりで。すべてのなかで燦めいているのはあの蒼ざめた薄むらさきだけ。夜あけが残した、ひとつの炎。よい匂いが、家にあふれる。まるで、ぼくたちの愛のようで、それ自身は、ほんとうになんでもなく、ただ蒼いという、それだけだが。燦めく蒼さで、燃える蒼さで、希望とおなじ、いい匂いで。ふと、気づくと、胸いっぱいにひろがる、その匂い。ぼくの家が、きみの家で、きみとぼくとが、テーブルにクロスをいっしょにひろげ、ぼくたちが準備しているのをちっちゃな足で、背のびしてのぞく、だれかさんが、いて。須賀敦子訳) 

 昨日のラジオニュースから、あのギンギンの蒼い胸のはだけた服を纏い、背を向けてキーボードを弾き、ロックにシンセサイザーで新風を吹き込んだあのヒーロー、キース・エマーソンの訃報が飛び込んで来ました。「展覧会の絵」のメロディーが過ります。段々あの頃の若さ故のやんちゃ小僧達の火が消えていくのですね。何故か、ヒヤシンスの蒼と重なります。頭の銃弾が誰のものだたのか、あちらでものご活躍を祈っています。

花びら毎に切った方が他との違いが鮮明になったかもしれませんが、糊置きが不安定になるので、押さえる必要性から線を入れ足しました。

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  • L'écriture n'est pas apte à appréhender la vérité, même si elle est le seul instrument que l'on possède pour s'essayer à le faire.(Virgilio Giotti)