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切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

テーブルセンター試し②

交響曲運命の黴拭きにけり」(野見山朱鳥)

先日、片付けで出てきたサイン入りのレコードが売れるものか尋ねにレンタルショップに出かけた時の事です。「LP盤って売れますか?」と若い店員に尋ねたら、顔中がクエスチョンマーク。再度「LP盤です」と声が大きくなっていたのでしょうか、顔に年季のかかったパートおばさんが登場。「うちはもう扱っていないですね。レトロの専門店なんかが繁華街にあるみたいですからそこを訪ねて見られたらいかがですか」と。そんな私たち世代も笑えないのがこの句。これは昭和10年頃の作品だそうで、この頃はSP盤。運命などの大曲ですと途中で裏返したりしたのだそうです。大きさはLP盤とシングル盤との中間ぐらいの大きさだったとか。紙の簡易袋に入っていて、この時期には黴が生えるのでしょうね、それを拭き取り、あの喇叭の形から音色を聞いたのでしょうね。

「黴の中言葉となればもう古し」(加藤楸邨

整理をしているとどこからでも出てくるのが、最初の数ページだけが記された帳面。昔はよくそれを書かれたページだけ引きちぎり置いていたものですが、いつぞやから帳面というものを買わなくなりました。台所や部屋の椅子の下、トイレに枕元などに本と帳面を必ず置いていたのですが、それすらしなくなっています。ほっと腰を掛けた時に手に取るものがないと不安で仕方がなかったのですが、今ではついついぼんやりしているだけなのでしょうか。字を目にしていないと、思いつけば書き留めないとおれなかったのに。ただ、この句のように記した途端に、それは無意味な存在、引きちぎられ捨てていいものですのに、何をしていたのでしょうか。

「親戚のような顔をして黴育つ」(鎌田次男)

先日の「ためしてガッテン」でやっていましたが、黴退治には水温50度5秒お湯かけなんだそうですね。カビキラーさえあれば黴など呆気なく消せるものを思っていましたが、表面から奥深くに黴は蔓延るのだそうですね。一時、新建の頃は、「水滴を残さぬ」をモットーに湯上りはその時使ったバスタオルで洗い場を拭き取るなんてしていたものですが、20年。もはや地下深くどころか表面にも最早模様のように黴が馴染んでいます。

「確かめたき句のあり黴の書を探す」(田所節子)

昨日本棚を空っぽにしました。可動式の二重層になっている本棚でしたが、これまで何度も整理しながらも捨てきれず、奥の棚に何度もしまい込んでいたのを全て紐で縛りました。もう躊躇なし。埃でむせりながらも、今の時代には様々な辞書も開かれることはないのだと、珍しく潔し。捜す一節も、一句も全てググれば出てくる時代。紙の時代も終われば本棚のない、黴も見たことのない時代が来るのでしょうか。

試行錯誤中なので、染めを帯にまだ縫いとめていません。端には三角形にして房をつけようと思っていますが、帯締めが沢山出てきたので、それをこの際解体して房を作ろうかと思っていますが,,,

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Choisir la vie, c'est toujours choisir l'avenir. Sans cet élan qui nous porte en avant nous ne serions rien de plus qu'une moisissure à la surface de la terre. (Simone de Beauvoir)