切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

団扇の試み-第三弾夏色

「悲壮なる父の為にもその日あり」(相生垣瓜人)

六月の第三日曜日。母の日に対して「父の日」もあるべきだというアメリカのJ・B・ドット夫人の提唱によって1940年に設けられたのだそうですが、日本に浸透しだしたのはかなり後の事のようで、今でも、あの赤いカーネーションがそこら中に目を留めるのに比べると、ついうっかりとスルーの日なのでしょうか。

「父の日をベンチに眠る漢(おとこ)かな」(中村苑子

『父の日なんかくそくらえ』などという声が聞こえて来そうですが、当のご本人の内心は一日置き所ない気持ちで鬱屈をしているのでしょうね。

「ガニ股に歩いて今日は父の日か」(能村登四郎)

これにちょび髭をそっくり返らせたいところでしょうが、今ではそんな父親も稀少でしょうね。日曜日は奥さんの休息日とやらで、率先して子どもを抱っこして外出が定着化しているのか、公園を歩くと家族揃ってよりも、父親と赤ん坊というの光景が当たり前になって来ました。それでも、「イクメン」などという言葉で評価されるようではまだまだなのだそうですね。今に、「まあ、お宅は奥さんが育児されるの?」などとなるのでしょうか。まあ、とりあえず、父親という名称が存在する以上は、今日は晴れて、復権とまではいかぬものの、父権をお繕い下さい。但し、今はやりの「3ない」(認めない、調べない、謝らない)の応答にはなりませぬように、御寛ぎ下さい。

 

第二弾の厚地は、色味が紫系になってパッとしなくなってしまったのには、マーメイドの4つ切りが菖蒲のグリーティングカード用に買っていたのがあったものですから、それを利用したのがいけませんでした。第三弾は、爽やかスッキリ夏色にしようと周囲の着物側模様を水色にしてみました。厚手の和紙を用いたかったのですが、中々いい色が見つからず、仕方なく薄地になってしまいました。補強にと芯に透明のセロファンをいれてみました。しっかりするように細いマスキングテープで固定しましたが、余りいい仕上がりとはいきませんでした。

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En France, c'est le fabricant de briquets Flaminaire qui a l'idée, le premier en 1949, de créer une fête des pères pour des raisons commerciales. Son directeur, Marcel Quercia, qui veut imposer son briquet au gaz dans l'hexagone, lance la fête des pères en 1950, le troisième dimanche de juin, sur le modèle américain, avec le slogan « Nos papas nous l'ont dit, pour la fête des pères, ils désirent tous un Flaminaire »15. La fête est officialisée par un décret de 1952 qui conserve la règle du troisième dimanche de juin. À cette occasion, un comité national de la fête des pères est créé pour instaurer un prix récompensant les pères les plus méritants (les candidats étaient à l'origine désignés par les services sociaux des mairies) ; ce jour dédié aux pères fait ainsi écho à la fête des mères, officialisée en France en 1928.