切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

アラビック模様ー途中②

「針のとぶレコード川の薊かな」(あざ蓉子)

『針のとぶレコード』などと言って、その音のイメージを描けるのはさて何世代まででしょうか。それでも、DJのやっているスクラッチという行為を簡単にイメージ出来る若い世代からすれば、それほど異次元の映像でもないのでしょうか。あの針が飛ぶ音はまさに、叢のアザミの存在も知らずに、棘が刺さった時と被ります。少し調べましたら、スクラッチというのは、そういう棘のような音であってはならず、結構レコードの回転に逆い針を傷つけずに逆回しというのは難易度が高いのですね。

「雨の中またあざやかに花薊」(島崎久美子)

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広い幹線道路沿いのマンション前のツヅジの植え込みの間に見つけました。種がどこから飛来したのやら、結構長い列が出来ていました。

「草丈の負けずぎらひの薊かな」(北村涼子)

どうしても、薊というと昔ホントによく怒られた先生の事を思い出します。以前にも書いたのでしょうが、薊を見ると、その先生の仕草が重なり我が身のどうしようもない愚かさを再認識します。ありがとう、決して泣き言をはかない先生。

 

漸く、半分切れました。自分で模様を選んでおきながら... でも、複雑な程手に勢いがつき、やる気になるから不思議です。

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Il y a quelque chose de plus important que ce qu'on affirme ou que ce qu'on nie : c'est la qualité de l'esprit qui affirme ou qui nie. Je me sens plus près d'un athée profond que d'un croyant superficiel. Une rose en papier est plus loin d'une vraie rose qu'un chardon réel