切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

パリ旅行の余韻②

「けごろもにつつみて温し鴨の足」(松尾芭蕉

まだまだ、日常に戻れぬのでしょうか、ついつい寒さの所為もあり寝てしまっています。何が平常なのか、はたと思ってしまいますが、常々、惰性だけでまともに思慮もなく過ごしていますと、何もかもが当たり前過ぎて疑問にも思わぬことが、久しぶりに外の国に出て見て、自分の当たり前がどこでも通用しないことを痛感します。今更でもない話なのかもしれませんが、旅の途中でも一つ書きました地図の見方。コチコチ頭の私の所為なのですが、柔軟性に欠けるので、大変苦労させられましたが、もう一つ、苦労させられた感覚の違い、書かせて頂きます。

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この標識を見られましたら、あなたでしたらM(地下鉄)④番線に行くとしたら、どうされますか?またAugstin 出口に行きたいならこの前を歩かれているリュックのお兄さんの後をついて行かれないでしょうか?下を向いた矢印があると当然(?)降りるのだとイメージしませんでしょうか?ところがこの矢印の近くには地下に降りる処はありません。これは「前進しろ」という表示です。そうして「まるで」(?)前進しろと言わんばかりに掛かれている前向きの矢印はそれに対して後方に進めを指しています。い

かがでしょうか?そんなの一回やれば学習するだろうと思われますが、道を歩いていても、路地の名前は明記されてはいるのですが、この向かうべき場所の方向づけに何度も失敗でした。

また、自分の習い性でしみついた土地感覚が起因しているのですが、パリの街並みは放射線状に道が出来ているのには泣かされました。それも路地が無数にありまるで蜘蛛の巣。道の名称も明記あるようで、名前も途中から変わったり、筋が違っても同じ名前がついていたりします。こうだけ書いても気にならない方は東京育ちでおられるのでしょうか?実は私は生粋の関西人。京都大阪神戸しか知らず道とは碁盤の目が当たり前なのだと長い人生で沁みついています。これは本当に独りよがりの思い上がりなのだとは承知しているつもりですが、高いハードルです。

でも、こうやって違う感覚に打ちのめされるのは良い刺激です。決してパリっ子を嫌がっているわけではありません。そこで一つ良いなあっと思ったことを書きます。

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どこの歩道にもこういう標識があり凄いスピードで自転車が走って行きます。そんなに広い幅ではありませんが、この表示があるだけで、どんなに事故が防げるでしょうか。是非、一考していただけないものでしょうかっと、切に思いました。

Merci pour lire tous.

Pour se déplacer à vélo plus facilement, Paris développe et aménage un réseau dense d'espaces cyclables dédiés.