切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

塗り絵から飛び出してートカゲ  

「持ち歩き小さき暇を編む毛糸」(嶋田摩耶子

空っ風が耳に当たると、寒さが一段と応えます。主人に耳当てを頼まれたものの、毛糸の余りはすぐに見つかったものの、かぎ針が中々曲者です。棒針はまとめて人にあげてしまい、さてかぎ針はどこにしまったやらっと。もう何十年もかぎ針編などしたことがないような気がします。そこで思い出したのが姑の裁縫箱。持ち手がついていて、小引き出しに糸掛けに細かい区切りがあって、それはとてもコンパクトなものなのですが、手入れが行き届いて、私の裁縫用の引き出しの中とは大違い。開けただけで一目瞭然。なんでも魔法の玉手箱のように揃っています。案の定、木製の使いこんだかぎ針がちゃーんと収まっていました。

「愛情は泉のごとし毛糸編む」(山波津女)

編み出したら、何と滑りのいい針でしょう。私が編み物をしていると、「そんなんするより、安うで売ってるで」と良く言っていた義母ですが、セピア色の写真に写った子供の写真には、手編みの帽子にセーターが着せてありました。この針でどれだけの物が編まれたのか。その義母の手のぬくもりが伝わってきます。

「耳貸して毛糸編む手の小休みなく」(麻田椎花)

 

耳だけはと思って、よく姑のおしゃべりが始まると毛糸を出したものですが、耳が本当に役割を果たしていたのやら。万物の一物すら与え損なわれた私の事。今更に、姑には頭が上がりません。

「毛糸編はじまり妻の黙はじまる」(加藤楸邨

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染めは小休止です。日めくりカレンダーの中から塗り絵を切ってみました。

Aussi obsolète qu'elle puisse sembler, la lenteur est une vertu. Lire un livre, marcher à pas mesurés sur un chemin de campagne, méditer les arcanes d'un jeu subtil : ces actes silencieux et lents tricotent mieux notre bonheur que les trépidations.