切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

番外編ー『ドラえもん』

「雨だれの棒の如しや秋の雨」(高野素十)

一体いつからこの雨は降り続いているのでしょうか。猛暑もつらかったですが、暑さが和らぐ有難さも忘れ秋入梅、秋黴雨などという言葉に、また愚痴りたくなるとは。ショパンの雨だれとは程遠い、正に棒状の雨脚ですね。洗濯物が部屋のカーテンレールを占拠します。

「踏切の燈にあつまる秋の雨」(山口誓子

じーっと待たされる踏切。何とも言いえて妙な句です。そんな長雨の中、律儀にもうちの月下美人の鉢三つで三度目の月下美人が咲きました。さすがに、三度目なので、花数は少なく、ぽつりぽつりながら、叩きつける雨にもめげず健気。

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秋霖や右利き社会へ諾(うべな)へり」(大塚千光史)

傘の閉じ紐は必ず右に巻いて閉じるようになっています。何の疑問も抱かず、車中で建物に入る間際に急いで、巻いて閉じますが、これをもし右手が使えず、左手でやるとなると何と時間のかかることか。その間に地べたが濡れ、手に袖口がずぶ濡れになり兼ねません。確かに、パソコンのenter に delete キーが左にあったらどんなに不自由でしょう。自動改札然り。もし、左にあったら体がよじれてしまいますが、左利きの人はいったいどうやって通ってられるのでしょうねっと。今更に当たり前に過ごしている日々の何でもない事が、一つでも少数派に属すると、何と冷酷な社会なのでしょう。ググってみまたしたら、左利きの割合は日本では約11%。アメリカでは2%だというのです。「???と思う勿れ」アメリカ人は両刀つかいの人が28%。つまり後天的に両手で使えるようにされているのだと。日本だけでなく、世界中の割合が一割ということに、結局はおさまるのだそうです。よく聞くのが、「左利きには天才が多い」というのは都市伝説でしょうか?両刀への努力を惜しまぬ性格が、あながち天才を生むのかもしれません。多数派に優遇された社会に、何不自由なく安住している物には、怠惰、惰性しかついて回らず、そこには努力という木が育たないのかもしれませんっと、何とも高慢な愚痴。その多数派にも、どんな神の選択なのか、突如やってくるのが天災。左利きの冷遇で済まされない不便な生活を強いられているみなさんに、平常な日常が少しでも戻りますようにお祈りするばかりです。

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明石市民広場パピオス出品も明後日に迫りましたが、この期に及んで、やりたいものが怒涛のように押し寄せて来ます。それも失敗を重ねながらも一つ完成です。似ていますでしょうか?このカラースプレーの工夫が最近気に入っています。凹凸二種類の型を切り、型染めの要領で多色染め風にします。

どうぞ、荒さがしに現物を見にいらして下さいませ。

La préférence manuelle ou manualité consiste en une tendance à utiliser de façon préférentielle l’une des deux mains lors de la majorité de tâches de motricité fine et lors des préhensions au quotidien1. Il s'agit de la terminologie scientifique et médicale correspondant aux termes usuels de « droitier », « gaucher », « ambidextre » (personne qui utilise indifféremment l’une ou l’autre de ses deux mains pour toutes les activités et qui est aussi habile d’une main que de l’autre)2 ou « ambimane » (personne qui réalise certaines activité avec la main gauche et d’autres avec la main droite).

L’utilisation préférentielle d’une main est l'une des manifestations de la latéralisation dans la motricité. Il s'agit d'une étape importante du développement de l'enfant. L’établissement de la main préférentielle dite aussi dominante est un indicateur de la spécialisation des hémisphères cérébraux et de la maturation du corps calleux lors du développement neurologique. Ces transformations aboutissent à l’établissement de la dominance d’un hémisphère cérébral pour certaines fonctions cognitives. Ainsi, pour 90 % de la population humaine, la main droite est préférée pour des gestes fins avec un hémisphère gauche dominant pour le langage3, mais le lien entre dominance manuelle et dominance hémisphérique n'est pas toujours aussi évident et fait encore l'objet de recherches à l'heure actuelle4.