切り切りMme

自作の切り絵を紹介する

クリスマスカード:ツリーシリーズ②

「未知の日に会ふよろこびに日記買う」(吉永とほる)

『日記買う』が冬の季語なのだそうです。私は十年日記に変えてから三冊目も半分埋まり、毎年買い換える新品への楽しみが消えて久しいです。父が私に革表紙の日記を買ってくれたのが小学五年生。果たして父が姉や弟にそんなプレゼントをしたとは思えず、何だか自分だけが得をしたかのように、嬉しくて、世の中にこんな素晴らしいものがあるものかと、毎日新しいページに書き込むのが楽しかったものです。誰にも言えないこと、言いたくて言えなかった事、何を書いても怒られない事、そんな自由さは、単なる殴り書きだったのでしょうが、その思いがいつまで続いたのか、いつの間にか、その時の父の私への思いが呪縛のようになっていたような気もします。そうして、私が父の最後まで書き続けていた大学ノートの日記帳を貰い受けたのも、時は過ぎ17回忌も終わりました。手元に残っているのは私の終わった二冊の十年日記と書きかけの一冊。いつか捨てないといけません。

「結局使い馴れたる日記買ふ」(塩川雄三)

主人は毎年決まった手帳を買います。中々どこにでも売っているわけでなく、東京勤務終え、見つけるのに今年も苦労したようです。芯5ミリの限りなく細いシャーペンを挟んでいます。そこにはフォントサイズ8pt、2ミリ四角ぐらいの字がびっしりと埋まっていきます。それも物差しで引くより正確なゴシック風の字体。私には逆立ちしようが、地球が三角になろうが、出来ない技です。私の悪筆は加齢と共に悪化するばかりで、幸いにも人に解読不能故何でも書けますが、情けなくも自分でも読めなくなっています。そうなると、何のための手帳であり、日記なのでしょうね??

「私だけの生きるしるしの日記買ふ」(神臓器)

二十年近く使っていました電子レンジと掃除機と湯沸かしポットを買い替え今日届きました。まだ、三器とも使用可能だったので、何か使える機会もあるだろうからなどと、ついつい思ってしまうのを、ついに止めることにしました。あっさりと三器とも電気屋さんに持って帰って貰いました。この「また何かに使えるから」という考え方から離脱の時です。もっと、もっとこれを実践していく時期に来ました。三冊の十年日記も、毎年つけていた家計簿も、書き込み忘れた領収書も、和菓子の空き箱、しっかりした容器プラ、菓子などを結んである針金(ビニールタイというのだそうです)...

「まだ生きるつもりか十年日記買ふ」(八村八郎)

今年も一か月余りとなりました。年末こそが身の回りを削る好機。「捨てますぞ」っと

キレイな三器をみながら思っていますが...

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唯一の立体カードです。今年は、レザーカット柄から選んだので、細密の切り口だけにこだわったつもりですが、手抜きっぽいです。

Ce carnet était en partie fait de mémoire, les choses qui m'ont le plus touchée n'y sont pas toutes, je n'ai pas osé tout dire.